運んでくださる神の御手

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(2012.11.4)

こんな夢を見ました。

私は泥沼を歩いていました。ひざまで泥に埋まり、もがけばもがくほど足は泥の中に埋まっていきます。気持ちだけは焦っていて、何とか早く向こう岸に着かなきゃと思うのですが、気持ちとは裏腹に、なかなか前に進むことができません。

そのうちに、体力も気力も萎えてしまい、とうとう動けなくなってしまいました。しかし、とにかく前に進まなければなりません。必死になって右足を泥から引き抜こうとした時、スポンと長靴が抜けてしまいました。続いて左足も。そして、そのまま私の体がふわりと空中に浮きました。誰か見えない人の手が私を支えて、引き出してくれたのです。私はそのまま空中を漂いながら、はるか向こうの岸まで、見えない手に持ち運ばれていきました。

ここで、はっと目が覚めました。布団の中で、まだ半分夢うつつでしたが、この不思議な夢について思いめぐらしました。心の中にこんな声が響いてきました。「人は、自分の努力によって救いを手にすることはできない。私がこの手でお前を救ったのだ。それをいつも忘れないように」。

クリスチャンになって28年になりますが、いつの間にか信仰生活が「私の努力次第で良くも悪くもなる」というふうになっていたような気がします。もちろん、努力がいけないわけではありませんし、むしろ努力して神さまのみこころを選び続けていかなければなりません。

しかし、それと同時に、私たちが神さまのみこころを実践し、救いを完成するのは、神さまの一方的な選びと助けによるのだとちうことも、決して忘れてはいけないのです。それをあらためて心に刻んだ朝でした。


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