祈りという奉仕

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(2013.2.17)

私が東京町田市の教会で奉仕していた頃、80代のおばあさんが教会にいらっしゃっていました。この方は、私にこんなふうにおっしゃいました。

「私はもう年で、お掃除の奉仕も他の奉仕も、何もできませんが、先生のために毎朝毎晩お祈りしています」。

数年後、この祈りの勇者が召天なさいました。その時、私はものすごい喪失感を感じました。それだけこの方の祈りが私を支えていたのだと、その時強く思い知りました。

いつの間にか、まるで自分一人だけで奉仕し、一人だけで責任を負わされているような気になり、高ぶったり、プレッシャーを感じたり、愚痴をこぼしたくなったり……。それが大変な傲慢だったと気づかされ、大いに悔い改めさせられたことです。

およそ尊い働きは、祈りなしにはできません。私が何らかの働きをこの地上でさせていただくことができるとしたら、それは私のために、毎日必死で祈ってくださる方がいらっしゃるおかげです。そして、神さまからの報いは、そのような陰の奉仕者にこそまず第一に注がれるはずです。

あなたは、あるいは伝道の最前線で直接働く伝道者や牧会者ではないかもしれません。しかし、あなたは祈りによって神さまの働きに加わっておられます。そして、そのあなたの働きは、なくてはならない大切なものなのです。
追記:ぜひ、私と中通りコミュニティ・チャーチのためにお祈りください。祈りのサポートをよろしくお願いします。

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