無構えの構え

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(2013.5.19)

剣豪宮本武蔵は、絵も大変上手だということで有名でした。そこで、熊本藩の殿様が武蔵に絵を描くよう願いました。さっそく筆を執った武蔵ですが、普段はすらすらと自然に動く筆が、まるで鉛でできているように重く、思い通りに動きません。殿様は描き上がった絵をたいそう気に入り、「家宝にいたす」と言ってくれましたが、武蔵本人は全く満足がいきません。

その夜、武蔵は悔しくてまったく寝付けませんでした。どうして今日は、こんなに思い通りに筆を動かすことができなかったのだろうか……。武蔵はまんじりともしないで考えました。そのうちに、はっと気がつきました。今日の自分は、殿様の前でいいところを見せようとして、すっかり力んでしまっていた。今までは、筆が自由に動いて絵を描き出していたのに、今日は自分で筆を動かそうとしていたのだ、と。

さらに武蔵は、この発見を剣の極意にまで高めます。「斬ってやろう」「突いてやろう」と構えると、その思いは相手に伝わってしまい、相手は易々と攻撃をかわしてしまうことになる。だから、どのように攻撃しようなどという構えをいっさい捨てて構えることが大切である……いわゆる「無構えの構え」です。

この武蔵の悟りは、信仰生活にも通ずるものがあるように思います。私たちが自分で生きよう、自分でやろうと力むと、私たち本来の力は発揮できません。私たちは神さまによって造られ、生かされており、神さまの助けによってクリスチャン生活を送らねばなりません。

今日はペンテコステ。聖霊なる神さまのお働きに自分を委ねることで、私たち本来の力を引き出していただきましょう。

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