整骨院の看板

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(2013.6.2)

義母が肩を痛めて整骨院に通院することになりました。私も休みの日には義母を整骨院まで送っていくことがあります。

最近、家の近くの道沿いに、義母の通っている整骨院の看板が立っていることに気がつきました。そこは今まで毎日のように通っていたところでしたが、それまではその看板を全く意識していませんでした。

私たち人間は、周囲の情報を、ただ無条件にそのまま受け入れているのではなく、私たちの関心のある情報を選択して受け入れています。いわば「見たいものを見、聞きたい音を聞く」のです。

誰かがあなたの行動を批判したとします。傷つきますね。しかし、ちょっと立ち止まって考えてみましょう。なぜ傷つくのでしょうか。それは、他の人があなたを批判したからではありません。批判しているのは誰かというと、他ならぬあなた自身です。あなた自身が、自分の価値を低く見積もっているために、他の人の批判に反応してしまうのです。

イエス・キリストは、あなたのことをすばらしい存在だと言ってくださいました。ご自分のいのちと引き替えにしても惜しくない存在だと。そして、神さまが共におられるので、あなた一人では達成できない価値あることを行なうことができると。

あなたがご自分のイメージを、イエスさまがどんなふうにあなたを見ておられるのかということに合わせていかれると、他の人の言葉や状況が、今までとは全く違って聞こえたり、見えたりすることでしょう。

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