こんな人に私もなりたい

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(2014.5.4)

私の家内は、高校生の頃に教会に通うようになりました。といっても、礼拝式にではなく、最初は教会付属の英会話教室からです。英会話には喜んで通っていましたが、信仰の話に関しては、ちょっと距離を取っていたようです。

そんな彼女が、自分もクリスチャンになりたいなあと思った出来事がありました。4才くらいの牧師の娘が、ドアを開け閉めして遊んでいました。ガラスのドアでしたし、家内は「危ないなぁ」と思っていました。と、その女の子は、何かの拍子に、ドアの横に置いてあったポットを倒してしまったのです。

「あっ!」と小さく叫んで、牧師の奥さんが飛んでいきました。この時、家内の頭の中には、次に起こるであろう出来事のシナリオができあがっていました。「ダメじゃないのっ、ドアで遊んだりしちゃっ!」と、このお母さんは娘を叱りつけ、「やけどするから、どいてなさい!」と厳しく追いやってから、ぶつぶつ言いながら、ポットからこぼれたお茶を拭き取る……。そんなシナリオです。

ところが、実際に起こったことはそうではありませんでした。奥さんは娘をぎゅ〜っとだきしめると、「怖かったねぇ、びっくりしたねぇ」と頭をなでたのです。

家内は、頭を殴られたようなショックを覚えました。この対応は一体何だろう。この奥さんは、普通のお母さんとどこか違う。そして、自分も将来こんなお母さんになりたい。そう思いました。そして、礼拝式や祈祷会にも出席するようになり、やがて信じてクリスチャンになりました。

私たちのほんの些細な言動に、人々はイエス・キリストの姿を見出します。

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