罪、罪、言うな

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(2014.9.7)

キリスト教会の集会や文書では、「罪」という言葉がたくさん聞かれます。誰も罪などというような言葉は聞きたくないし、考えたくもないでしょう。愛とか祝福とか繁栄とか幸せとか成功とか、そういう言葉なら聞きたいかもしれませんが。

「神は愛である」と聖書には書かれています。神さまはあなたを愛しておられます。ですから、「あなたには罪がある」と神さまが指摘なさるのは、あなたを責めて傷つけるためではありません。

先日、山歩きが趣味の女性の体験談を聞きました。その人は山歩きに慣れていましたので、結構険しい山道を一人で歩いていたそうです。すると、途中で一人の男性登山者とすれ違いました。

しばらくしてその男性が引き返してきて、後ろから声をかけてきました。そして、この道を進むと遭難しますよと教えてくれたのでした。この男性とすれ違った後、間違った道に入り込んでしまったのです。そして、この男性に連れられて、無事に正しいルートに戻ることができたのでした。

この男性は言ったそうです。「こんな人気の無いところで女性に声をかけるなんて、変質者だと思われるかと心配しましたが、あの場所は迷いやすいところなので、放っておけませんでした。やっぱり、思い切って引き返してきて良かった」と。

神さまが罪を問題になさるのは、あなたを助けたいと思っておられるからです。そして、この登山者の男性が、正しいルートを知っていたように、そこに解決があり、どう解決したらいいかを神さまがご存じだからです。

神さまは、罪の問題を解決し、あなたを幸せにしたいと願っておられます。

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