内言の切り替え

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(2015.3.1)

言葉には意思伝達機能の他に、感情発散などさまざまな機能があります。意外と知られていないのが、言葉の「思考」のための機能です。私たちは考える時、頭の中で言葉を用いています。「小腹が空いたから、ちょっとチョコレートでもつまもうか」とか、「先に洗濯機を回し始めてから、ゴミ出しをしよう」とか、そんなふうに頭の中でぶつぶつつぶやいているわけです。これを専門的には「内言」と言います。

落ち込んだ時、怒っている時、傷ついた時、誰かを心の中で非難している時、私たちの頭の中にはどんな言葉が渦巻いているでしょうか?
  • 「どうせ私はだめな人間だ」
  • 「あいつはだめだ」
  • 「嫌いだ」
  • 「希望はないよ」
  • 「できない」
  • 「赦せない」
  • 「失敗したら、きっとみんなに嫌われて、ひどいことになる」
否定的な気分になる時は、おそらく例外なしに私たちの頭の中には、否定的・破壊的そして非福音的な内言が渦巻いているのではないでしょうか。こういう状態は楽しくありませんし、やる気を削ぎますし、「あなたがたの信仰のとおりになれ」(マタイ9:29)というわけで、決して良い結果を生み出しません。

否定的な感情が起こること自体は、クリスチャンと言えどもなかなか避けられません。しかし、聖書に「怒っても罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません」(エペソ4:26)と書かれているように、いつまでもその否定的な感情に流されるか、それともそれを捨て去るかは、私たちが選ぶことができます。

では、どうすれば避け得ない否定的な感情から抜け出し、建設的で前向きな気分になることができるようになるのでしょうか。原理は至って簡単です。否定的・破壊的・非福音的な言葉が私たちを落ち込ませたり、やる気を削いだりするのですから、肯定的・建設的・福音的な言葉を使えばよろしい、というわけです。

最も建設的で前向きな言葉、それは聖書のみことばです。みことばとそこから導き出されるメッセージを、自分自身に向かって宣言しましょう。ただちに、大胆に!

「私は愛されている」「あの人は最高の友達だ」「この教会は神が私に与えてくださった、最高の教会だ」「この職場は最高だ」「この逆境は、実はとてつもないチャンスだ」「私はあの人を赦します」「絶対に大丈夫」「失敗したからといって何も恐ろしいことはない。かえってさらに成長するのだ」……これは思い込みではありません。だって神のみことばに基づいているのですから!

言葉を切り替えるのは意識しないとできませんし、慣れないうちはうまくいかないこともあります。しかし、実践すれば必ず大きな収穫があります。

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