あなたは我が盾

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(2015.6.14)

Kさんは、長い間心の病に苦しんでおられました。ご自分でも心についての学びをなさり、どうやら実家での親子関係に問題があったのではないかと思うようになりました。Kさんのご両親とおばあさんは非常に厳しい方たちで、口を開けばKさんの批判ばかり。ひどい折檻もよく受けていたそうです。ぬくもりに満ちた温かい励ましなど、まったく思い出すことができないほどです。

もちろん、ご両親やおばあさんは、Kさんのためを思ってしたことだとおっしゃるでしょうが、Kさんにしてみれば、「お前は生きる価値のないダメ人間だ」というメッセージを心に刷り込まれたようなもの。それが原因で自分を痛めつけてきたのだと分かったのです。しかし、分かったからと言って、そこから解放されるわけではありませんでした。かえって親たちへの憎しみが加わって、ますます苦しくなりました。

ふとしたきっかけで、Kさんは教会に通うようになりました。そこで、愛に満ちたイエス・キリストの話を聞きました。ところが、Kさんの心には大変な反発心がわき上がってきたといいます。「イエス・キリストが愛ならば、どうして私をあんなひどい状態で放っておいたのだ。愛の神なんて存在しない。いたとしても、少なくとも私は愛されてはいない」。そういう思いです。

そんなお話を、私はKさんからうかがうこととなりました。小さかった頃の話を聞きながら、私の頭の中には、こんなイメージが浮かんできました。小さな女の子がうずくまっています。その前には、ご両親とおばあさんがいて、その子をガミガミとと叱りつけています。見ると、3人の口から、たくさんの矢がその子めがけてピュンピュンと飛んできます。その矢には、その子の息の根を止める猛毒が塗ってありました。「何てひどいんだ! イエスさまはどこにいらっしゃるのか!」と、私までそんな気持ちになりかけました。

すると、そのイメージの中で、イエスさまの姿がだんだんはっきりと浮かび上がってきました。イエスさまは、その子とお父さんたちとの間に仁王立ちとなり、飛んでくる毒の矢を、すべてその体で受け止めておられるのです。そして、叱る言葉は女の子の耳に届いていますが、毒矢は一本としてその子の体を傷つけてはいませんでした。

そのイメージについて、Kさんにお話ししますと、Kさんの心の中にも、同じイメージが浮かび上がってきました。Kさんのイメージの中で、イエスさまは小さなKさんの方に振り向いたそうです。体中に矢が突き刺さり、ハリネズミのようになったイエスさまは、優しい声でKさんに語りかけました。「ほらごらん。お父さんたちから来る『ダメ』は、全部私が受け止めたからね。お前はダメじゃないよ。お前は大切な神さまの子どもだよ。そのまんまで、素敵なお姫さまなんだよ」。

その日、Kさんはイエスさまの愛を受け止め、新しい人生へと一歩を踏み出されました。生きる価値のないダメ人間としての悲しみの人生から、素晴らしい神の子どもとしての喜びの人生へ。

「主は私の力、私の盾。私の心は主に拠り頼み、私は助けられた。それゆえ私の心はこおどりして喜び、私は歌をもって、主に感謝しよう」(詩篇28:7)

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