あれもこれも無駄じゃない

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(2015.10.4)

私は、別にオタクというわけではありませんが、アニメが大好きです。特に、もう35年も前の作品になりますが、「機動戦士ガンダム」という作品は、大のお気に入りです。これは、「マジンガーZ」や「ゲッターロボ」などに代表されるロボットアニメの流れをくむ作品ですが、むしろロボット物というより戦争物と言った方がいいかもしれません。

ロボット(作品の中ではモビルスーツと呼ばれていますが)は、徹底して戦車や戦闘機と同じような兵器の一種として扱われていますし、戦っている二つの勢力のどちらが正義でどちらが悪ということはなく、また戦いに至る歴史的な事情もしっかりと設定されています。設定がしっかりしているため、その後も同じ時代を描いたサイドストーリーがいくつも作られています。百数十年後、もしかしたら、こんな世界が実現するかもしれないと思えるほどです。

止まらなくなるので、この辺でやめておきましょう。念のため繰り返しておきますが、私はオタクではありません(笑)。

さて、普通このような話は、キリスト教のホームページで堂々と書くような話でもないのですが、先日、教会の人たちとの歓談の中で、私のガンダム好きも、神さまによって用いられているということを発見しました。ガンダムを鑑賞しているうちに、今目の前で展開しているストーリーの背後にある様々な事情(国家レベルの、あるいは個人レベルの歴史的な事情)を気にする癖がついたようです。これが、聖書を読む際に非常に役に立っているのです。

聖書のことばも、バラバラのメッセージの寄せ集めとしてそこにあるのではなく、特定の歴史的状況の中で語られたり、編集されたりしました。そこで、聖書のことばを、ただそれだけ取り出して読むのではなく、前後関係を参照したり、その時代の背景を調べたり、語り手や聞き手の状況を気にしたりすることで、そのことばのより深い意味が読み取れてくるのです。

私は、クリスチャンになったばかりの頃から、自然とそういう聖書の読み方をしていたようです。それは、今から思うと、私の霊的成長にとって、大変有益でした。そして、これはガンダムのおかげかもしれない……。アニメ好きは、クリスチャンになるずっと前からのことですが、まったく、神さまは無駄をなさらない方だと思いました。

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