道路をまっすぐに

トップページショートエッセイ集2015年 > このページ

(2015.10.18)

先日、家内と山形県北部の町を散策してきました。歩きながら、その町の道は丁字路や曲がり角が多いなあと感じました。戦国時代や江戸時代には、城下町として栄えた町ですから、敵が進軍しにくいように、道路が造られているのです。

武士の時代には意味のある道路でしたが、現代の車社会では、このように曲がり角の多い町並みは渋滞の原因となり、かえって不便です。そこで、再開発で、まっすぐに道路を引き直そうとしているのですが、すでに人が住んでいる町並みを造り変えるのは、そう簡単な話ではないようです。

私たちの人生の中でも、その当時は意味のあったことでも、時間が経つうちにその意味が失われたり、かえってそれをすることが害になったりすることもあります。

Aさんは、とても消極的な性格でした。ある日、小さかった時のことを振り返って、それが生き延びていくための知恵だったのだということに気づかれました。今から思うと、お母さんが精神的に大変なストレスの中にあり、何かにつけてAさんのことを叱り、鉄拳制裁を加えたのです。小さかったAさんは、できるだけお母さんを刺激しないように振る舞う必要がありました。

今はもう、Aさんは大きくなり、仮にお母さんが理不尽な怒り方をしたり、暴力をふるおうとしても、それに対抗するだけの知恵や体力を身につけていますし、お母さんも以前のような理不尽な怒り方をしなくなりました。ですから、もう目立たないようにする必要はないわけですが、それが生き方の癖になり、なかなか他の生き方ができなくなってしまっていたのです。

Aさんは、消極性のからくりに気づきました。しかし、だからといって、生き方が変わったわけではありません。道路を引き直すのが難しいように、今まで癖になっている生き方を変えるのは、至難の業なのです。

そこで、Aさんは祈りました。イエスさまによって、私たちは新しく生まれたと聖書が約束されているのだから、どうぞ神さま、私を新しい生き方へと導いてください。目立たないことを目的にした生き方から解放してください、と。すると、少しずつ、少しずつ、イエスさまはAさんの心の痛みをいやし、それと共に積極的に人と交わったり、行動したりできる力を与えてくださいました。

イエスさまは、あなたにも新しい人生をお与えになります。

Copyright(c) 2015 Nakadoori Community Church All Rights Reserved.