四つの非ず

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(2016.1.24)

昔、何かの本で読んだ話ですが、「罪」という字は「四つの非ず」と書きます。それは、「不法」「不善」「不義」「不信」だそうです。

不法は法を犯すこと、そして不善は非道徳的な言動です。法を犯したことはないと言っても、外出すれば、道路交通法をまったく犯さないでいるのは大変難しいことでしょうし、「私は、人が見ているときも見ていないときも、道徳的に全くの清廉潔白な人間である」と、どれだけの人が言えることでしょうか。

3つめの、「不義」とは、神さまの定めた基準に到達していないこと。神さまの基準は「パーフェクトであること」です。「だから、あなたがたは、天の父が完全なように、完全でありなさい」(マタイ5:48)。さらに、すべての領域でパーフェクトでなければなりません。「律法全体を守っても、一つの点でつまずくなら、その人はすべてを犯した者となったのです」(ヤコブ2:10)。もし、この基準でさばかれるとしたら、誰も無罪を主張することはできません。

そして、「不信」。これは信じないことです。では逆に、私たちは何を信じるように求められているのでしょう。それは、神さまの愛です。イエス・キリストによる罪の赦しです。法的にも、道徳的にも、そして神の基準においても、私たちは無罪を主張できない不完全な存在です。しかし、そんな私たちを、神さまは愛してくださっています。もっと立派になったら、ではなく、今そのままの姿で。神さまに赦せない罪は何一つありません。イエスさまが、十字架ですべての罪の罰を身代わりに受けてくださったからです。

聖書の神さまの愛は、今日もあなたの前に置かれています。それはあなたのものです。ただ、あなたが拒否しない限りは……。

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