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礼拝メッセージ:中通りコミュニティ・チャーチ

良い小麦を育てよう

マタイによる福音書13章24節〜43節

(2018年1月28日)

参考資料

「毒麦」は、毒を持ったイネ科の雑草で、食べると嘔吐、下痢、目まいなどを引き起こすことがあります。

「からし種」(31節)とはクロガラシの種子のこと。当時のイスラエルで知られる最も小さな種でしたが、生長すると3〜4mにもなります。

朝、パンを焼く際、発酵したパン生地の一部をひとかたまりだけ取り分け、保存しておきました。これが「パン種」(33節)です。それを就寝前に新しい生地に混ぜておくと、パン種に含まれるイースト菌の作用で発酵が始まります。そして、朝にはパン生地ができあがるわけです。

「三サトン」(33節)は約39リットル。

「人の子」(37節)とは人間のことですが、ここでは救い主の称号の一つ。ダニエル7:13で、幻の中で現れた救い主が、人の子のような姿をしていたと記録されているところから来ています(ダニエル7:13)。

イントロダクション

天の御国(神の国)とは、将来救い主が地上に建設する、理想的な王国のことです。しかし、イエスさまは、「神の国はあなたがたのただ中にある」(ルカ17:21)とおっしゃいました。私たちが生きている今、神さまと共に生き、交わることそのものが天の御国に生きるということです。今回のたとえ話は、私たちの祝福された人生について教えています。

1.最後まで希望を持ち続けよう

たとえの意味

毒麦は困った雑草ですから、農夫としては何とか畑から取り除きたいものです。しかし、生長の途上では、小麦とほとんど見分けが付きませんし、根も小麦と絡み合っています。そこで、抜き取ろうとしても、小麦まで一緒に抜いてしまう恐れがあります。

しかし、穂の形や実の色が異なりますから、収穫期になれば簡単に分別することができます。ですから、たとえ話の主人は、収穫の時まで待つようにしもべたちに命じたのです。

このたとえ話の意味は、37-43節に書かれています。要約すると、
  • 地上には、御国の子どもたちと呼ばれる人と、悪い者(悪魔)の子どもたちと呼ばれる人とが混在している。
  • 世の終わりになると、救い主は天使たちに命じて、この両者を区別する。
  • 悪い者の子どもたちは天の御国に入れてもらえず、永遠の苦しみを味わうが、御国の子どもたちは御国に迎え入れられて祝福を受ける。
ということです。

先走った判断をしない

小麦すなわち御国の子どもたちとは、「すでに救いを手に入れた人、およびこれから救われることが決まっている人」、毒麦すなわち悪い者の子どもたちとは、「救われないことが決まっている人」と表現することができます。

特に注目すべきポイントは、世の終わりが来るまでは、その両者が地上に混在していて、イエスさまは世の終わりが来るまで、その混在状態を解消なさらないということです。すなわち、誰が救われ、誰が救われないのかということを、先走って判断なさらないということです。

イエスさまが先走った判断をなさらないとおっしゃっているのですから、私たちも先走った判断を控えなければなりません。恵みの福音(第1コリント15:1-8)を信じたならば、その人は確実に救われており、その救いが取り去られることはありません。その人は小麦だとはっきり断言することができます。しかし、まだ福音を信じていない人について、「この人は小麦だ。あの人は毒麦だ」と、今の時点で判断してはならないのです。

確かに伝道していると、本当に人は最初から救われるか、救われないかが決まっているのだなと思わされることがあります。この人は難しいかもしれないと思っていても、いやにすんなりとイエスさまのことを受け入れ、信じる人がいいます。その一方で、長いこと祈り、一生懸命考えて関わっても、まったく福音に耳を貸そうとしない人、馬鹿にする人、反発する人がいます。そんなとき、「もうこの人はダメだなあ」と、あきらめてしまいたくなるかも知れません。

しかし、このたとえ話は、誰が小麦で誰が毒麦なのか、誰が救われるか救われないのかは、今は人間には分からないのだから、近視眼的に「この人はダメだ。この人は救われない」というふうに決めつけてはいけないと教えています。

祈り続け、伝え続けよう

むしろ、聖書はこう語っています。「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになることを望んでおられます」(第1テモテ2:4)。

使徒パウロは、まさに救いからはほど遠いところにいた人です。信じないどころか、信者たちを迫害し、投獄したり殺したりしていたのです。当時のクリスチャンで、パウロが救われ、それどころか伝道者になると、どれだけの人が期待していたでしょうか。しかし、イエスさまはパウロを救い、大伝道者に育てました。

また、旧約時代の南ユダ王国で、異教であるバアル礼拝やアシェラ礼拝を推進し、占いや魔術を行ない、たくさんのまことの信仰者たちを殺したり、子どもたちを犠牲にささげたりした悪名高いマナセ王でさえ、最後は悔い改めて救われました(第2列王21章、第2歴代33章)。

「この人は救われないかも知れない」と、あきらめかけていた人がいますか?  ダメだと決めつけるのは、もう少し待ってみませんか? そして、祈り続け、言葉と行ないによってイエスさまのことを伝え続けませんか?

2.可能性に目をとめよう

からし種とパン種のたとえ

毒麦のたとえに続いて、イエスさまはからし種のたとえとパン種のたとえを語られました。これはどちらも「天の御国は、最初は小さくちっぽけに見えるけれど、ものすごい成長の可能性がある」ということを示しています。

天の御国の子どもたち、すなわちイエスさまを信じて救われた人たちは、神さまとの関係が回復し、神さまの祝福と導きの中で生きることができるようになりました。それはすでに素晴らしい祝福ですが、将来はさらにものすごい祝福を味わうことが決まっています。

今はがっかり

私は、1984年5月6日に、イエスさまを信じて罪を赦され、救われました。そして、神さまの子どもとされ、将来は罪がなく、死ぬこともない栄光の体に造り変えられて、天の御国に迎え入れられることが決まっています。

しかし、今の自分自身を見るときに、がっかりすることがよくあります。ずるくて、自己チューで、怠慢で、傲慢で、何度も何度も同じ失敗や罪を犯してしまいます。これで神さまの子どもと言えるのだろうか。これで天の御国の市民と言えるのだろうか。まさに吹けば飛ぶような、からし種のようにちっぽけな存在です。

しかし、イエスさまは2つのたとえ話を通して、私たちに問いかけています。あなたは「今この瞬間はちっぽけだ」という事実に目をとめますか、それとも「やがてこんなに大きく成長する」という将来の可能性に目をとめますか?

毒麦のたとえで学んだように、今はさばきの時代ではありません。今は、悪い毒麦を抜き集めるべき時ではなく、良い小麦を大切に育てる時です。可能性に目をとめ、それを育てることに、時間とエネルギーを費やすべき時なのです。

あら探しではなく宝探し

第2コリント6:1-2にはこのように書かれています。「私たちは神とともに働く者として、あなたがたに勧めます。神の恵みを無駄に受けないようにしてください。神は言われます。『恵みの時に、わたしはあなたに答え、救いの日に、あなたを助ける』。見よ、今は恵みの時、今は救いの日です」。

恵みの反対は律法です。律法とは「〜でなければダメ」ということです。勉強ができなければダメ。人からほめられなければダメ。これくらいの年収がなければダメ。目立たなければダメ。そんなことを考えているようではダメ。これこれの修行をしなければダメ。

ダメ、ダメ、ダメ……。このダメと言う言葉が、あなたの心をむしばんではいませんか?

ダメではありません。人は、小麦と毒麦を判別することはできません。それができるのは神さまだけであり、その神さまでさえ、今はさばきの時ではないから、誰のことをもダメだと評価しないとおっしゃいます。

ダメではありません。イエスさまは、十字架ですべてのダメを釘付けにしてくださいました。イエスさまが私たちの代わりにダメになって、さばきを受けてくださいました。だから、ダメではありません。イエスさまを信じたあなたは、そのままでOKです。

私たちは、自分自身や他人や状況に対して、ついついあら探しに時間とエネルギーを使ってしまうことがあります。しかし、可能性を見つけ出し、それを育てることに、もっともっと時間とエネルギーを使わなければなりません。

この話をお読みください

イエスさまは、私たちが自分や他人や状況のあら探しをするのではなく、宝探しをして欲しいと願っておられます。すなわち、長所、持ち味を大切に育てて欲しいのです。

あなたの持ち味は何ですか? あなたのご主人や奥さん、お子さんの長所は何ですか? それを認めて、相手に「あなたにはこんな素晴らしいところがある」と伝えましょう。今置かれている状況の中で、良い側面は何ですか? それを見つけ出して、「こんな可能性がある」と宣言しましょう。

ただし、「ほめる」というのは、時々上から見下ろされているようで、逆に不快感を与えることがあります。私たちが心がけるのは、感動です。相手の素晴らしさに感動し、それを相手に伝えることです。

この話をお読みください

そして、その長所をもっと伸ばすには、自分はどんな関わりをすればいいかを考え、実践しましょう。

まとめ

イエスさまは、私たちが自分や他の人や状況の可能性の部分に目をとめ、それを大切に育てることを望んでいらっしゃいます。

あなた自身への適用ガイド

  • 救いを願っていたのに、この人はダメかも知れないとあきらめかけていた人がいませんでしたか?
  • あら探しをしないで宝探しをするということを聞いて、どんなことを感じたり考えたりしましたか?
  • あなたの長所、持ち味は何ですか?
  • 他の人に対して、「あなたはダメじゃない。OKだ」というメッセージを伝えるには、具体的に、誰にどういうことをしたり言ったりすればよいでしょうか?
  • 今日の聖書の箇所を読んで、どんなことを決断しましたか?

連絡先

〒962-0001
福島県須賀川市森宿辰根沢74-5

TEL 090-6689-6452
E-Mail info@nakakomi.com


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