感謝するまでが祈り

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ルカによる福音書17章11〜19節

(2012.1.8)

該当の聖句を読んでみて、分からない単語や言い回し、複数の意味に取れる表現、疑問に思ったことなどはありませんか?

この聖句は、この書全体の中で、どういう位置を占めていますか? 前後を読んだり、参考書を調べたりして、記者の論理の流れをつかみましょう。また、この書の書かれた歴史的、地理的背景も調べましょう。

この箇所は、私たちにどんな教訓やチャレンジを与えていますか?

イントロ

今回からしばらく、スタンダードな「聖書の読み方」に従って、神さまのメッセージを受け取ります。3つのステップ聖書のメッセージを読みましょう。

1.何が書いてあるか

まずは、その箇所に何が書いてあるかを整理します。5W1Hに従って整理すると、分かりやすいです。

いつ(When)

イエスさまがエルサレムに登られる途中。十字架にかかれる時が近づいています。

どこ(Where)

サマリヤ地方とガリラヤ地方の境にある村の中。
サマリヤとガリラヤの境

誰(Who)

登場人物は、イエスさま。そして、ツァラアトにかかった10人の病人です。ツァラアトについては、上の用語の意味のところを参照してください。

病人の1人はサマリヤ人でした。特に書いてはいませんが、他の9人はユダヤ人です。

何がどうした(What & How)

病人たちはイエスさまに出会うと、遠くから大声でいやしを求めました。それを聞いたイエスさまは「行って、自分を祭司に見せなさい」と命じました。病人たちはその通りに出かけていくと、途中でいやされました。

9人はそのまま祭司の元に向かったようですが、サマリヤ人だけは神さまをたたえながら戻ってきて、イエスさまの前にひれ伏して感謝しました。

イエスさまは「神をあがめるために戻ってきたのは、この外国人以外にいないのか」とおっしゃり、戻ってきたサマリヤ人には「あなたの信仰があなたを直したのです」とおっしゃいました。

なぜ(Why)

「なぜ」という疑問は、次の「どんな意味か」というステップを考える上で、大切なとっかかりになることが多いです。大いに疑問を持ちましょう。

病人たちは、なぜ遠くからイエスさまに叫んだのでしょうか。それは、ツァラアト患者は他人との接触を禁じられていたからです。また、これは律法の教えではありませんが、多くの人々がツァラアト患者を差別し、彼らが通るのを見ると石を投げるような真似をしました。そこで、彼らはイエスさまに近づくことをはばかったのです。

「自分を祭司に見せなさい」とおっしゃったのはなぜでしょうか? これは、イスラエルの律法では、人がツァラアトにかかると、祭司がそれを調べてツァラアトであることを宣言し、その病人は宗教的に汚れているものとされました。その結果、他の人との接触や社会生活、宗教行事への参加などが制限されてしまいます。ですから、ツァラアトがいやされたときにも、祭司に判断してもらい、もう汚れていないことを宣言してもらって、様々な制限を撤廃してもらう必要があります。

要するに、イエスさまが「自分を祭司に見せなさい」とおっしゃったのは、「あなたたちはいやされる」と宣言なさったのと同じです。この時点では彼らはいやされていませんでした。しかし、10人とも必ずいやされると信じて祭司の元に向かったのでした。サマリヤ人だけでなく、9人のユダヤ人たちもすごい信仰の持ち主ですね。

では、なぜイエスさまは、戻ってきたサマリヤ人のことを喜び、9人が戻ってこなかったことにガッカリなさったのでしょうか。
ガッカリだよ
この疑問に答えることが、今回の箇所で聖書が最も訴えたいメッセージを受け取ることになります。

2.どんな意味か

約2千年も昔に、遠く地中海世界の町で起こった出来事についての記録を、どうして私たち現代の日本人が読まなければならないのでしょうか。世界があと千年続いたとしたら、千年後の人たちも、この箇所を読まなければなりません。

このステップでは、その箇所に書かれていることから、時代や地域、民族を越えて、すべての人類に語られている(すべての人類に神さまが知って欲しいと思っておられる)、普遍的な原則、教えを導き出します。

なぜイエスはガッカリしたのか

イエスさまに感謝するために戻ってきたサマリヤ人だけでなく、他の9人にもものすごい信仰がありました。それは、まだ体験していないけれど必ずいやされると信じる信仰です。

では、イエスさまが何にガッカリなさったのかといえば、サマリヤ人はいやしてくださったイエスさまに感謝をささげるために戻ってきたのに、他の9人は感謝を表さないで去ってしまったからです。

神には感情がある

聖書の神さまは、宇宙の根本的な法則だとか、宇宙を動かすエネルギーだとかいう無機質なものではありません。聖書の神さまは人格をお持ちです。私たちと同じように(というか、私たちの方が神さまに似せて造られたのですが)知情意があるということです。

イエスさまには、感情があります。ですから、何かをしてあげて、そのまま感謝されずに放っておかれたら、悲しい気持ちになります。それは、イエスさまに関心があるというよりも、イエスさまが持っている奇跡の力にだけ興味があるかのように扱われるからです。
神には感情がある
ある奥さまが「もう離婚したい」とおっしゃいました。それは、ご主人が、結婚してから一度も「ありがとう」を言ってくれないからです。「あの人は、別に私でなくても、自分の代わりに料理・洗濯・掃除などをやってくれる人がいれば満足なのです。ちゃんと家事をこなしさえすれば、人間じゃなくてロボットでもいいと思っているのでしょう」。

イエスさまは人格をお持ちです。人格は愛し合うことを求めます。イエスさまは、私たちを愛しておられます。そして、私たちにも愛してもらいたいと願っておられます。ただ利用されるのではなく、愛してもらいたいのです。

感謝する祝福

一方、戻ってきて感謝をささげたサマリヤ人は、他の9人が体験しなかったさらなる祝福を手に入れました。それは、遠く離れてでしか声をかけられなかったイエスさまの足下に来て、イエスさまと親しく話すことができたということです。

そして、「あなたの信仰によっていやされたんだよ」とほめられたということです。彼はサマリヤ人でした。ユダヤ人たちからは、神に呪われた存在だとさげすまれていました。その彼が信仰をほめられたのです。これからの人生で、イエスさまの言葉は、どれだけ彼を勇気づけたでしょうか。

祈って、それがかなえられることは祝福です。しかし、祈りっぱなしで感謝を忘れるなら、祝福の半分を受け取り損ねることになります。
  • 「神さまが祈りを聞いてくださった」という喜びを受け取り損ねています。
  • 「神さまは祈りを聞いてくださるお方だ」という信仰が深められる機会を受け取り損ねています。
  • 「神さまは私をこんなにも愛してくださっている」という感動を受け取り損ねています。
この箇所は、イエスさまには人格であり、私たちとお互いに利用し合うような関係ではなく、人格的な交わりをすることを求めていらっしゃるということを教えています。

3.今の私にとってどんな意味があるか

このステップは、第2ステップで受け取ったメッセージを、今の自分の生活に適用します。昨日の自分ではなく、明日の自分ではなく、またあの人でもこの人でも、日本人一般でもなく、「今日のこの自分」にとって、どんな意味があるのかを考えます。

このステップは個人的なものですから、こういう公の礼拝メッセージでは、私が「こうです」と教えたり、指導したりする性質のものではありません。ただ、あなたがそれを考えるヒントになるような視点を書かせていただきます。

イエスさまの感情に注目しよう

私たちは、イエスさまに感情があるということを忘れてこなかったでしょうか。イエスさまは感動し、喜ばれます。そしてイエスさまは傷つき、ガッカリし、悲しまれます。

この行為は、イエスさまを喜ばせるだろうか、それとも傷つけ、悲しませるだろうか。そのことを考えて行動するようにしましょう。

交わりを持とう

祈るのは、何かして欲しいことがあるときだけ、ということはなかったでしょうか。いつも神さまのことを意識し、何かにつけて語りかけ、神さまのみこころが何かを受け取ろうとしてきたでしょうか。
交わりを持とう

祈りのノートを作ろう

イエスさまと交わりを持つ良い方法の一つが、祈ったことについて感謝をささげることです。しかし、私たちは忘れっぽいです。ですから、祈りのノートを作ることをお勧めします。

祈りのリクエスト 祈り
始めた日
結果が
出た日
結果
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神さまに願い事があるときには、「祈りのリクエスト」の欄に内容を書き、「祈り始めた日」の欄にその日付を書きます。そして、定期的にノートを読み直して、神さまがどんなふうに答えてくださったかをチェックしましょう。 きっと、あなたは感動と喜びでいっぱいになるはずです。

まとめ

神さまに祈り、その結果を覚えて感謝する癖を付けましょう。それによりあなたの人生は、ますます喜びと感動に満たされます。

あなたは、ここからどんなチャレンジを受けていますか? この箇所を読んで、生活や態度をどのように変えるよう示されていますか? 何を決心しましたか? 抽象化しないで、具体的に表現しましょう。

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