聖霊とは

【聖霊シリーズ1】

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ヨハネの福音書14章16〜17節

(2012.4.15)

該当の聖句を読んでみて、分からない単語や言い回し、複数の意味に取れる表現、疑問に思ったことなどはありませんか?

この聖句は、この書全体の中で、どういう位置を占めていますか? 前後を読んだり、参考書を調べたりして、記者の論理の流れをつかみましょう。また、この書の書かれた歴史的、地理的背景も調べましょう。

この箇所は、私たちにどんな教訓やチャレンジを与えていますか?

イントロ

イースターが終わり、次の大きなお祭りはペンテコステ。イースターの7週間後で、今年は5月27日です。ペンテコステは、聖霊さまが弟子たちに降り、一人一人を満たしてくださった日。その日以来、聖霊さまは私たちクリスチャン一人一人の心の内に住んでくださり、私たちを助け、導いてくださっています。

今日からペンテコステまでの7週間、聖霊さまについて学びましょう。それは、私たちクリスチャンの生き様について学ぶということでもあります。このシリーズによって、私たちがますます救いの確信に満たされ、喜び、平安、感動、希望、そして力に満たされますように。

シリーズ第1回目である今回のテーマは、聖霊さまとはどのようなお方か、です。

1.神

三位一体

今回の箇所で「真理の御霊」と呼ばれているのは、聖霊さまです。聖霊さまは他にも、いろいろな名前で呼ばれています。「御霊」「聖なる御霊」「父の御霊」「主の御霊」「神の御霊」「キリストの御霊」「イエス・キリストの御霊」「イエスの御霊」などです。

この呼び名で分かることは、聖霊さまは、父なる神さまの霊であり、イエス・キリストの霊である、ということです。すなわち、聖霊さまは神さまです。

では、神さまは何人もいるのでしょうか。あるいは、聖霊さまは父なる神さま、あるいはイエスさまの別名なのでしょうか。

聖書は、神さまは唯一である、お一人であると繰り返し教えています。しかし、聖書は同時に、天の父と呼ばれるお方を神と呼んでいる以外に、イエスさまも神であり、聖霊さまも神であると教えています。ということは、神さまは一人のはずなのに、三人だということでしょうか。

神学者たちの説明を用いると「神はその本質的存在においてただ一つであるが、この唯一の存在の中に、父と子と聖霊なる三位格が存在する」。これを三位一体といいます。聖書の神さまは三位一体です。

人間の感覚ではとても理解できませんし、イメージもできません。しかし、聖書がそう主張しているので、代々のクリスチャンは「神さまは三位一体だ」と信じてきました。

今回のメッセージで、ぜひ確認していただきたいことは、聖霊さまは神さまご自身だということです。

内住

さて、今回の聖書の箇所で、イエスさまは、聖霊さまが私たちの内側に住んでくださると約束しています。聖霊さまは神さまであり、父なる神さまやイエスさまと一体ですから、聖霊さまが私の内に住んでおられるということは、父なる神さまやイエスさまも、聖霊さまを通して私の内にいてくださるということです。

天の父というくらいですから、父なる神さまは天国にいらっしゃいます。そして、イエスさまも、復活した後に昇天して、今は父なる神さまの右に、すなわち天国にいらっしゃいます。

しかし、父なる神さまも、イエスさまも、私たちにとって遠い存在ではありません。聖霊を通して、私たちのそばにいらっしゃいます。そして、私たちの祈りに耳を傾け、私たちをいやし、私たちを造り変え、私たちを導いてくださいます。

あなたの内にある天国

また、聖霊さまが私たちのうちにおられ、聖霊さまを通して天のお父さまとイエスさまが私たちのうちにおられるということは、天国が私たちの内側にあるということです。

イエスさまはおっしゃいました。「神の国は、人の目で認められるようにして来るものではありません。『そら、ここにある』とか、『あそこにある』とか言えるようなものではありません。いいですか。神の国は、あなたがたのただ中にあるのです」(ルカ17:20-21)

天国は、神さまがいらっしゃり、神さまの祝福に充ち満ちているところです。その天国があなたの内側にあります。どこにいても、どんな状況の中に生きていたとしても、あなたは祝福されるということです。さらに、あなたが祝福の発信地になって、他の人に祝福を届けることができるということです。

2.神の息吹

ルーアハ、プニューマ

日本語で「霊」というと、幽霊を想像してしまいがちです。しかし、霊と訳されているヘブル語のルーアハも、ギリシャ語のプニューマも、風あるいは息を意味します。

聖霊さまは、神の息、神の息吹です。そして、神の息吹は、命の無いものに命を与えます。

天地創造の時、最初の人アダムは土地のちりから形作られました。しかし、そこに命はありませんでした。そこで、神さまがアダムの鼻から息を吹き入れると、アダムは生きたものになりました(創世記2:7)。

神の息とは神の霊、すなわち聖霊さまです。聖霊さまは人に命を与えます。

神との交わりの霊

神の息吹が吹き込まれたこと。すなわち、霊が与えられたこと。これが他の動物たちと人間とを区別しています。

人間の霊は、神の霊である聖霊によって与えられたものですから、神さまとつながっています。霊を持っている人間は、神さまと交わることができます。類人猿やイルカなど、知能が高く、複雑なコミュニケーションを行ない、感情さえ持っているように思われる動物はたくさんいます。しかし、神を思い、永遠の世界に思いをはせる動物は人間だけです。

霊が与えられたということは、元々人間は、神さまと自由に交わり、神さまと共に、また神さまが造られた他の人たちや自然と共に、愛と喜びに満ちた幸せな人生を送ることができるように造られているということです。

死と再生

しかし、現在の私たちは様々なものに囚われ、束縛され、自由や喜びを失っています。聖書は、私たちのこのような状態を「死」と表現しています。私たちの体は生きていますが、神さまに逆らう罪の結果、神さまとつながっていた霊が本来の命を失って死んでいるのです。そのため、神さまからの祝福を100%受け取ることができなくなってしまっています。

イエス・キリストを信じ、神さまに従う人生を始めたとき、神さまは聖霊さまを送ってくださり、聖霊さまは私たちの内側に住んでくださいます。そのとき、神の息吹である聖霊さまは、命がなかったアダムに命が与えられたように、霊的に死んでいた私たちに新しい命を与えてくださいます。そして、神さまが計画しておられるすばらしい人生を取り戻させてくださいます。

エゼキエル書37:1-14には、罪のために神さまの祝福を失いかけ、死んだようになっていたイスラエルに対する神さまの預言が書かれています。

【主】の御手が私の上にあり、【主】の霊によって、私は連れ出され、谷間の真ん中に置かれた。そこには骨が満ちていた。

主は私にその上をあちらこちらと行き巡らせた。なんと、その谷間には非常に多くの骨があり、ひどく干からびていた。

主は私に仰せられた。「人の子よ。これらの骨は生き返ることができようか。」私は答えた。「神、主よ。あなたがご存じです。」

主は私に仰せられた。「これらの骨に預言して言え。干からびた骨よ。【主】のことばを聞け。

神である主はこれらの骨にこう仰せられる。見よ。わたしがおまえたちの中に息を吹き入れるので、おまえたちは生き返る。

わたしがおまえたちに筋をつけ、肉を生じさせ、皮膚でおおい、おまえたちの中に息を与え、おまえたちが生き返るとき、おまえたちはわたしが【主】であることを知ろう。」

私は、命じられたように預言した。私が預言していると、音がした。なんと、大きなとどろき。すると、骨と骨とが互いにつながった。

私が見ていると、なんと、その上に筋がつき、肉が生じ、皮膚がその上をすっかりおおった。しかし、その中に息はなかった。

そのとき、主は仰せられた。「息に預言せよ。人の子よ。預言してその息に言え。神である主はこう仰せられる。息よ。四方から吹いて来い。この殺された者たちに吹きつけて、彼らを生き返らせよ。」

私が命じられたとおりに預言すると、息が彼らの中に入った。そして彼らは生き返り、自分の足で立ち上がった。非常に多くの集団であった。

主は私に仰せられた。「人の子よ。これらの骨はイスラエルの全家である。ああ、彼らは、『私たちの骨は干からび、望みは消えうせ、私たちは断ち切られる』と言っている。

それゆえ、預言して彼らに言え。神である主はこう仰せられる。わたしの民よ。見よ。わたしはあなたがたの墓を開き、あなたがたをその墓から引き上げて、イスラエルの地に連れて行く。

わたしの民よ。わたしがあなたがたの墓を開き、あなたがたを墓から引き上げるとき、あなたがたは、わたしが【主】であることを知ろう。

わたしがまた、わたしの霊をあなたがたのうちに入れると、あなたがたは生き返る。わたしは、あなたがたをあなたがたの地に住みつかせる。このとき、あなたがたは、【主】であるわたしがこれを語り、これを成し遂げたことを知ろう。──【主】の御告げ──」


あなたがクリスチャンであれば、聖霊さまはあなたと共にいてくださいます。心に束縛を感じていませんか? 過去の失敗に心が折れそうになっていませんか? 喜びや感動や平安を失っていませんか? 聖霊さまがますますあなたの内側に満ちあふれ、新しい霊の命を輝かせてくださるよう祈りましょう。

3.助け主

パラクレートス

イエスさまは、聖霊さまのことを「もう一人の助け主」と呼ばれました。助け主と訳されている言葉は、ギリシャ語ではパラクレートスといいます。直訳すると、傍らで呼ぶ人という意味です。海底の地形が複雑な湾で大きな船が座礁しないように、船長の側で、あるいは小舟で先導しながら、港までの航路をあれこれ指示してくれる水先案内人のようなイメージです。

私たちはどちらに進んでいいのか分からず、人生に迷うことがあります。知らず知らずのうちに、危険な状況に向かって進んでしまうこともあります。私たちが人生の水先案内人である聖霊さまに人生をゆだねていれば、聖霊さまは、必要なとき、必要な導きを与えてくださいます。

素人の緊急着陸

このパラクレートスという言葉を理解するのに役立つ例話を聞きました。

アラン・アンダーソンという24歳の青年が、セスナ機に乗って遊覧飛行を楽しんでいたところ、上空でパイロットが心臓麻痺で死んでしまいました。アランは操縦なんかできません。無線で助けを求めると、近くを飛んでいたロバート・レッグという飛行インストラクターがそれをキャッチし、すぐにアラン機のところに駆けつけてくれました。そして、アランに無線で操縦の仕方を教え、無事に着陸させました。

このように、聖霊さまはあなたを導き、あなたを助けてくださいます。

まとめ

あなたがクリスチャンであれば、聖霊さまは、あなたの内側にも住んでくださっています。あなたがそれを実感できていてもいなくても。先々週学んだように、「ごめんなさい」「ありがとう」「お願いします」の3つの祈りをしましょう。
  • 私は良くないことを考えたり行なったりしていました。どうかお赦しください。この悪いことから完全に離れます。
  • 私を赦してくださり、神さまの子どもとして受け入れてくださったことを感謝します。
  • 聖霊さまによって私を満たし、罪を離れて神さまに従う新しい人生を歩むことができるようお助けください。
あなたがまだクリスチャンでないなら、今日、イエス・キリストを信じて心にお迎えしませんか? もしそうしたいと願うなら、あなたも3つの祈りを捧げましょう。

聖霊さまがあなたをますます満たし、ますます神さまの子どもとして祝福してくださいますように。

あなたは、ここからどんなチャレンジを受けていますか? この箇所を読んで、生活や態度をどのように変えるよう示されていますか? 何を決心しましたか? 抽象化しないで、具体的に表現しましょう。


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