人生の水先案内人

【聖霊シリーズ3】

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ヨハネによる福音書16章13節

(2012.4.29)

該当の聖句を読んでみて、分からない単語や言い回し、複数の意味に取れる表現、疑問に思ったことなどはありませんか?

この聖句は、この書全体の中で、どういう位置を占めていますか? 前後を読んだり、参考書を調べたりして、記者の論理の流れをつかみましょう。また、この書の書かれた歴史的、地理的背景も調べましょう。

この箇所は、私たちにどんな教訓やチャレンジを与えていますか?

イントロ

聖霊シリーズの3回目です。第1回目のメッセージで、聖霊さまは助け主(パラクレートス)であり、そのイメージは船を安全な航路へと導く水先案内人だと申し上げました。

今回は、聖霊さまがどのようにして私たちを導いてくださるのかを学びましょう。それによって、私たちが平安や希望をいただくことができますように。

1.聖書を通して

聖書

聖霊さまは、聖書を通して私たちに語りかけ、良い道へと導こうとなさいます。

聖書は、イエスさまの誕生前に書かれた旧約聖書と、イエスさまの十字架と復活後に書かれた新約聖書に分けられます。旧約聖書は39巻、新約聖書は27巻、計66巻の大小の書物から成ります。

聖書の中で最も新しいヨハネの黙示録は、AD100年頃に書かれました。そして、最も古いモーセ五書(創世記から申命記まで)は、出エジプトの後40年以内に書かれました。出エジプトの時期は、BC1275年だとする後期説と、BC1447年とする早期説がありますが、仮に後期説を採るとしても、少なくとも1335年以上の開きがあります。日本で1335年前といえば、AD677年。飛鳥時代の天武天皇の頃で、その時に書き始められた書物が、今年書き終えられたという感覚ですね。

当然、一人が書いたわけではなく、40人以上の人が執筆しました。その執筆者(聖書記者といいます)も、預言者、祭司、王、総督といった国のリーダーの他、学者、羊飼い、漁師、取税人、医者、金持ちのボンボンなど、バラエティに富んでいます。

霊感

ところで、第2テモテ3:16には「聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です」と書かれています。霊感とは「神の息が吹き込まれる」という意味です。すなわち、聖書は多くの聖書記者の手によって長い時間をかけて書かれましたが、実はその課程で、神の息吹である聖霊さまの影響を受けているということです。

霊感は、記者が霊に取り憑かれて無意識のうちに書かされる、いわゆる「おふでさき」とは違います。また、お告げを聞いたままを書く、口述筆記でもありません。記者の個性や目的や意図はしっかり生かしながら、神さまが伝えたいと思っておられることが、誤りなく記録されるように導かれたということです。

たとえば、パウロがコリント人への第一の手紙を書いたのは、「私は聖書を書いてやろう」と思ったためではなく、コリント教会にあった種々の問題を解決し、コリント教会からもたらされたいくつかの質問に答えるためでした。こういったことは、今も多くの牧師が行なっています。第1コリント書が特別なのは、聖霊さまがその時のパウロを導き、神さまの伝えたいメッセージが誤りなく記されるようになさったからです。

ですから、聖書の本当の著者は聖霊さまだということができます。聖書は神のことばです(日本のクリスチャンが、聖書、あるいは聖書に書かれている言葉のことを「みことば」と呼ぶのはそのためです)。聖書を読むとき、私たちは神さまのみこころを知ることができます。

たとえば、
  • 殺人罪は犯すべきではありません。
  • 他人のものを盗むべきではありません。
  • 配偶者以外の人と性的な関係を持つべきではありません。困っている人がいれば助けなければなりません。
  • いつまでも憎しみを抱いていないで、赦さなければなりません。
  • 脱税なんかしないで、定められた税金はしっかり支払うべきです。
聖書を読めば、神さまがそう命じておられることが分かります。

聖書を読むことによって私たちは神さまのみこころを知り、「教えと戒めと矯正と義の訓練」をいただいて、人として、神さまの子ども、またしもべとして、十分に整えられ、成長していくことができます。

照明

書かれた文章の意味を最も良く知っているのは、書いた本人ですね。聖書の本当の著者は聖霊さまですから、私たちが聖書を読むときには、「聖霊さま、どうか聖書を通してお導きください。聖書に書かれていることを理解することができるようお助けください」と祈りましょう。

すると、聖霊さまは、私たちにみことばの意味を明らかにして、神さまのみこころを示してくださいます。このお働きを、神学者たちは「照明」と呼んでいます。

時々、聖書のある箇所が、目に飛び込んでくるような感覚を受けることがあります。何度も読んでいる箇所なのに、その日そのとき、格別に心を打つのです。あるいは、頭の中に蓄えてあった聖書の箇所が、突然心に響いてくることがあります。全人類に向けて書かれた聖書の箇所が、この自分のために個人的に書かれたものだ、今まさに神さまがこの自分に語っておられるという感覚を受けるのです。

私たちは聖霊さまの助けを願いながら、定期的に聖書を読むようにしましょう。そして、それを心に蓄えていきましょう。また、読んでいるその箇所、あるいは心に蓄えてある箇所を通して、聖霊さまが私たちを良い方向へと導いてくださいます。

2.祈りを通して

幻など

神さまは、幻や夢などを通して、神さまのみこころを語られることがあります。時には天使が現れて語るのを見るかもしれません。

いつもそのような超自然的な方法で導きがあるわけではありませんが、逆にそういうものはないと否定もしないようにしましょう。大切なことは「私に分かる方法でお語りください」と祈ることです。

また、幻や天使を見たからといって、何でもかんでも信じてはいけません。必ず、聖書に照らして吟味する必要があります。というのは、サタンは光の天使に変装することがあるからです(第2コリント11:14)。聖霊さまは、聖書に反することはお教えになりません。

内なる平安

多くの場合、聖霊さまは私たちの心の奥底に、「静かな平安」を与えることで、私たちが神さまのみこころにかなっているという確信を与えてくださいます。

祈っていると、あるいは何かをしている最中に、心の中に、何かをしたい、あるいは何かをしなければならないという強い思いが与えられることがあります。そして、それを行なうことについてさらに祈っていると、心の表面ではいろいろ不安や疑問が渦巻いていても、心の奥底に不思議な平安が与えられることがあります。それは、聖霊さまが与えてくださる平安です。

「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます」(ピリピ4:6-7)

逆に、心の中に、「これを行なえば、神さまとの関係がおかしくなりそうだ」「神さまを悲しませている」という不安があるなら、どんなに都合のいい計画であっても、いったん考え直した方がいいでしょう。エペソ4:30には、「神の聖霊を悲しませてはいけません」と書かれています。

他のクリスチャンへの語りかけ

そして、聖霊さまは、私個人にだけ与えられているわけではありません。クリスチャンすべての心の内に住んでくださっています。すなわち、聖霊さまは教会全体に宿っているといってもいいでしょう(教会は建物のことではなく、クリスチャンの群れのことですから)。

聖霊さまは、私に個人的に語ってくださると同時に、教会の兄弟姉妹にも、すなわち他のクリスチャンたちにも語ってくださいます。

人間は、時々、自分の強い願いを「これは神さまのみこころだ」というふうに思い込もうとする場合があります。このような独りよがりに陥らないように、重要な決断については、牧師や信頼できる他のクリスチャンたちに話をし、一緒に祈ってもらい、助言を仰ぐことも必要です。

3.状況を通して

みこころは必ず成る

聖霊さまは神です。そして、聖書の神さまは全知全能です。ですから、聖霊さまは、みこころが実現するように、状況を整えてくださり、場合によっては奇跡さえも引き起こされます。

忍耐も必要

しかし、なかなか状況が開かれなくても、聖書のみことばや心の奥にある不思議な平安などによって神さまが約束を語り続けてくださっているのなら、あきらめないで祈り続けましょう。

まとめ

聖霊さまは、あなたを幸せな人生、わくわくするようなダイナミックな人生に導いてくださいます。

あなたは、ここからどんなチャレンジを受けていますか? この箇所を読んで、生活や態度をどのように変えるよう示されていますか? 何を決心しましたか? 抽象化しないで、具体的に表現しましょう。


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