御霊によって歩もう

【聖霊シリーズ4】

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ガラテヤ書5章16〜26節

(2012.5.6)

該当の聖句を読んでみて、分からない単語や言い回し、複数の意味に取れる表現、疑問に思ったことなどはありませんか?

この聖句は、この書全体の中で、どういう位置を占めていますか? 前後を読んだり、参考書を調べたりして、記者の論理の流れをつかみましょう。また、この書の書かれた歴史的、地理的背景も調べましょう。

この箇所は、私たちにどんな教訓やチャレンジを与えていますか?

イントロ

前回、私たちは、聖霊さまが私たちを正しい道、幸せへの道へと導いてくださると学びました。

しかし、私たちの問題は、何をしたらいいかが分からないことよりも、それをする力ややる気がわいてこないところにあります。この点について、助け主である聖霊さまは、いったいどのような助けを与えてくださるのでしょうか。

1.動機をきよめる

悪いことをしないだけでは不十分

良い夫婦関係とはどのようなものでしょうか。たとえば、相手に暴力をふるわないとか、暴言を吐かないとか、浮気をしないとかいうだけでは、十分な関係とは言えません。互いに相手を尊敬し、大切に思い、それを言葉や態度で表すこと、すなわち愛することが必要です。

神さまは、私たちを愛してくださっています。神さまの子どもとなった私たちも、ただ単に悪いことをしないというだけでなく、神さまを愛することが求められています。神さまを尊敬し、神さまを誇り、神さまを喜び、神さまに聞き従うのです。

神さまのことを思うたびに喜びに満たされる人は、神さまを悲しませるような罪を犯そうとは思わないものです。きよい生き方への第一歩は、神さまを愛することです。

愛は強制されない

しかし、男女の愛を高らかに歌っている雅歌の2:7にこのように書かれています。「揺り起こしたり、かき立てたりしないでください。愛が目ざめたいと思うときまでは」。愛とは、無理矢理、強制的に引っ張り出すものではなく、内側から自然にわき上がってくるものだということです。

そして、エペソ2:18-19にはこう書かれています。

「私たちは、このキリストによって、両者(ユダヤ人と異邦人)ともに一つの御霊において、父のみもとに近づくことができるのです。こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです」。

イエスさまによって、そして聖霊さまによって、私たちが神さまの家族となり、神さまに親しく近づくことができるようになったということです。神さまは、私たちにとって、遠いお方ではなく、私たちのお父さんになってくださいました。

そして、私たちを神さまの子どもにしてくださった聖霊さまは、私たちの心に働いて、小さな子どもがお父さん、お母さんのことが大好きで、一緒にいることがとんでもなくうれしいように、私たちが神さまを愛し、尊敬し、喜んで一緒にいたいと思い、もっとその声を聞きたいと思い、喜んで従いたいと思えるようにしてくださいます。

聖霊の満たしを求めよう

私は、元々とてもドライで、感情の起伏に乏しい人間でした。ですから、クリスチャンになってからも、神さまの愛に感動して喜び踊るとか、涙を流すなどということは決してありませんでした。

ある集会で、ユース・ウィズ・ア・ミッションという宣教団体の人たちが、パントマイムを見せてくれたことがありました。前後のストーリーは忘れましたが、イエスさまが十字架につけられる場面になりました。「人間」役の人が、イエスさまを十字架に釘付けにする場面でした。一打ち、一打ち、釘が手首に突き刺さっていきます(もちろん、演技ですが)。

それを見たときに、突然「あの釘を打っている男は、私だ」という思いがわき上がってきました。そして、「しかし、神さまは私の罪を赦してくださった。私を愛し、決して滅ぼしたくないと思ってくださったからだ。その証拠が十字架だ」という思いも。

そして、私は激しく泣いていました。その後、仲間たちと一緒に賛美をすることになっていましたから、「大丈夫かい?」と尋ねられるほどに。しかし、激しく泣きながらも、私の心は晴れやかでした。神さまに対する喜びに満ちあふれていました。早く神さまを賛美する歌を歌いたくてたまらない気持ちだったのです。

神さまのことを思うたびに、聖書を読み、祈るたびに、はち切れそうな喜びに満たされる。あなたも、今までもそうだったかも知れませんが、ますますそうなりたいと思われませんか?

聖霊さまに私たちの心を満たしていただきましょう。

2.行ないをきよめる

御霊の実

聖霊さまは、私たちが神さまを愛し、神さまの喜ばれるような生き方がしたいという思いを与えてくださるだけではありません。私たちの内側に住み、私たちを内側から造り変えて、良い生き方ができるようにしてくださいます。

今日の箇所で、御霊の実が挙げられています。「御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です」。

これは、聖霊さまが結ばせてくださる実です。

リンゴの種をまくと、やがて芽が出て成長し、木になり枝を張って、そこにリンゴの実がなります。イエスさまを信じたとき、私たちクリスチャンの心には聖霊さまが来てくださいました。そして、聖霊さまは「御霊の実」を結ばせてくださいます。私たちは、自分一人の修行や努力によってではなく、聖霊さまの助けによって、これらの実を結ぶ、すばらしい人格へと造り変えられていきます。

そして、こうした人格の変化は、すばらしい行ないとなって表に現われていきます。

主と同じかたちに

これらの御霊の実は、イエスさまが持っていらっしゃったものです。聖霊さまは、「イエスの御霊」と呼ばれるお方ですから。ですから、私たちが御霊の実を結ぶようになるということは、私たちがイエスさまのようになっていくということです。

「私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです」(第2コリント3:18)。

私たちの成長の目標は、イエスさまです。では、人としてのイエスさまはどんなお方だったでしょうか。
  • 甘やかしではない本当の親切を示しました。
  • 傲慢ではない本当の自信を持っていました。
  • 他人を犠牲にせずに幸せを感じることができました。
  • 軽薄ではない喜びに満ちていました。
  • 敵でさえもイエスさまの罪を指摘することができないほどにきよいのに、決して近寄りがたい雰囲気ではありませんでした。
  • よく笑い、よく泣き、感情豊かでしたが、決して我を忘れて暴走することはありませんでした。
私もあなたも、そうなれます。それは、聖霊さまのお働きです。

座っているだけでは変わらない

ただし、いくら聖霊さまのお働きによって造り変えられ、成長していくといっても、「聖霊さま、造り変えてください。聖霊さま、成長させてください」と唱えて座り込んでいるだけでは何も変わりません。

「そういうわけですから、愛する人たち、いつも従順であったように、私がいるときだけでなく、私のいない今はなおさら、恐れおののいて自分の救いの達成に努めなさい。神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです」(ピリピ2:12-13)。

聖書の中には、このように、神の民が、神さまの約束を手に入れるために努力するように求める命令が、数多くあります。「私の約束を手に入れられるよう、この私が助ける。だから、それを信じるならば、あなた自身の手足を使ってやってごらんなさい」ということです。

聖霊さまは、神の民と共に働いて、すばらしいことをしてくださいます。

モーセは、神さまが追いすがるエジプト軍からイスラエルを守ってくださると信じて、命ぜられるままに、海に向かって杖をさしのべました。ダビデは、巨人ゴリヤテのためにイスラエル軍が戦意を失ったとき、「これは主の戦いだ」と宣言すると共に、投石機と石を手にしてゴリヤテに立ち向かっていきました。

聖霊さまは、愛の実を結ばせてくださいます。ですから、それを信じて、誰かに対して愛のわざを実践してみましょう。聖霊さまは、喜びの実を結ばせてくださいます。それを信じて、自分や周りの人たちに喜びがもたらされるようなことをやってみましょう。聖霊さまは、あなたと共に働いてくださいます。

3.結果をきよめる

行動が変わると結果が変わる

これまで見たように、聖霊さまは、私たちの心に働いて、神さまへの愛で満たし、神さまに喜ばれる生き方がしたいという強い願いを与えてくださいます。そして、その願いが実現するように、私たちの内側を造り変え、行動を変えてくださいます。

すると、その新しい行動の結果、すばらしいことが私たちの回りで起こるようになります。いがみ合っていた者たちが、愛し合うようになります。うまくいかなかった仕事が軌道に乗り始めます。孤独だったのが、仲間が与えられます。様々なチャンスが舞い込んでくるようになります。

すべてが祝福に変えられる

行動が変わることで結果が変わるだけではありません。聖霊さまによって導かれるとき、私たちの回りのすべてのことが、不思議に働き合って、祝福に変えられていきます。

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」(ローマ8:28)。

私は、自分ではオタクだとは決して思っていないのですが、どういうわけかいろんな人からオタク呼ばわりされます。インターネットとかアニメとかSFとかの、非現実的なものに強い関心を持っているからです。神さまは、私のオタク体質(?)を無駄になさらず、ネットを通じて伝道したり勇気づけをしたりする働きをさせてくださっています。それは、聖霊さまのお導きだと私は信じています。

失敗や弱さでさえも

そして、「すべてのこと」とは、過去の失敗や私たちの弱さも含みます。

この話をお読みください

聖霊さまに導かれている私はあなたの人生は、神さまの奇跡、不思議、感動に満ちています。そのような人生をこれからますます送りたいと思われますか? ならば、聖霊さまに人生をおゆだねしましょう。「私自身の思惑とか常識とかを越えて、自由自在に働いてください」と祈りましょう。そのとき、あなたは聖霊さまの助けを実感し始めるでしょう。

まとめ

「ごめんなさい」「ありがとう」「お願いします」の祈りをしましょう。罪を認めて、それを捨て去る決心をし、イエスさまの十字架によってすべての罪が赦されたことを信じて感謝し、聖霊さまが神さまへの愛を深め、神さまの喜ばれる生き方ができるように私たちを造り変えてくださるようにお願いするのです。

あなたは、ここからどんなチャレンジを受けていますか? この箇所を読んで、生活や態度をどのように変えるよう示されていますか? 何を決心しましたか? 抽象化しないで、具体的に表現しましょう。


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