「エル・シャダイ」全能の神

【神の呼び名シリーズ11】

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創世記17章1〜8節

(2012.8.26)

該当の聖句を読んでみて、分からない単語や言い回し、複数の意味に取れる表現、疑問に思ったことなどはありませんか?

この聖句は、この書全体の中で、どういう位置を占めていますか? 前後を読んだり、参考書を調べたりして、記者の論理の流れをつかみましょう。また、この書の書かれた歴史的、地理的背景も調べましょう。

この箇所は、私たちにどんな教訓やチャレンジを与えていますか?

イントロ

今回の神さまのお名前は、エル・シャダイです。「全能の神」と訳されています。

1.今回の箇所の背景

アブラハム契約

エル・シャダイ、あるいはシャダイという呼び名は、旧約聖書の中で48回登場しますが、その最初が今回の箇所です。

これまで何度も触れてきたように、神さまは、全人類を救うため、すなわち、人類を罪ののろいから解放し、神さまからの圧倒的な祝福のうちに生きられるようにするため、アブラハムという一人の人物を選び、彼と契約を結ばれました。

その主な内容は3つでしたね。
  1. 「子孫の約束」。アブラハムから出る子孫が、星の数のように増え広がるという約束。
  2. 「土地の約束」。今のパレスチナを中心とする広大な地域を、アブラハムとその子孫(すなわちユダヤ人)の所有地とするという約束。
  3. 「祝福の約束」。アブラハムとその子孫が神さまによって祝福され、彼らを通して全世界の民族が祝福されるという約束。
このように、アブラハム契約には、子孫の約束が含まれているわけですが、アブラハムとサラの夫婦には、子どもが生まれませんでした。しかし、神さまは、アブラハムに子どもが与えられ、子孫が増え広がると約束されたのです。

四半世紀の忍耐と奇跡

初めて神さまがアブラハムと契約を結ばれた時、アブラハムは75歳、サラは65歳でした。当時は寿命が長かったので、この年齢の夫婦でも、ぎりぎり子どもが与えられる可能性はあったでしょう。

そこで、アブラハム夫妻は、当然すぐにでも子どもが生まれるものと考えたことでしょうが、実際にはその後長いこと待たされることになります。

最初の約束から10年たって、さすがにもう自分が妊娠する望みはないと考えたサラは、アブラハムに女奴隷ハガルを側室として与えて、イシュマエルという男の子をもうけます。これが悲しい家庭不和の元になったというのは、神の呼び名シリーズ第4回目のメッセージで語った通りです。

そして、最初の約束から24年後、アブラハムが99歳になった時に起こったのが、今回の出来事です。神さまは、サラが妊娠して男の子を産むと、改めて契約内容を保証なさいました。

この時、アブラハムは99歳、サラは89歳です。いかに寿命が長かった時代とは言え、サラの妊娠は不可能です。神さまは、あえて人間的な希望がまったく無くなるまで待たれました。そして、ただただ神さまの奇跡の力、全能の神の力によって、アブラハムへの契約を実行し、息子イサクを誕生させたのでした。

力と誠実に満ちた方

エル・シャダイという呼び名は、創世記には6回出てきますが、ことごとくアブラハム契約、特に子孫の約束と関係しています。

私たちの信じるエル・シャダイ、全能の神は、約束なさったことを、たとえ奇跡を行なってでも必ず実現なさる、力に満ち、そして誠実に満ちた方です。

2.恵みの神

ヨブの叫び

ヨブ記には、シャダイという呼び名が21回出てきます。全能者と訳されています。

ヨブは神さまに祝福され、大いに富み栄えていました。ところが、ある日突然、すべての財産を失います。それどころか、愛する子どもたちを一度に失ってしまいました。さらに、自分自身もひどい皮膚病にかかり、耐えられないほどのかゆみに苦しめられました。

ヨブを見舞いにやってきた3人の友だちは、ヨブが知らぬ間に罪を犯したから、罰としてこんな目に遭うのだろうと言い、悔い改めるように勧めました。しかし、ヨブは、「自分は正しい生き方をしてきた。こんなひどい目に遭うほどの罪を犯したとは思えない。どうして神は私をこんな目に遭わせられるのか」と、エル・シャダイ、全能の神に向かって叫びます。

神の善意への信仰

結局神さまは、どうしてヨブが苦しまなければならなかったのか、その理由を最後まで教えてはくださいませんでした。しかし、最後にヨブは、神さまは自分よりもはるかに偉大であり、間違いのないお方であるということを認めました。そして、まるで神さまに不正があるかのように文句を言い立てたことを悔い改めました(ヨブ記42:1-6)。

「ヨブは【主】に答えて言った。
(ヨブ)あなたには、すべてができること、あなたは、どんな計画も成し遂げられることを、私は知りました。
(神)知識もなくて、摂理をおおい隠す者は、だれか。
(ヨブ)まことに、私は、自分で悟りえないことを告げました。自分でも知りえない不思議を。
(神)さあ聞け。わたしが語る。わたしがあなたに尋ねる。わたしに示せ。
(ヨブ)私はあなたのうわさを耳で聞いていました。しかし、今、この目であなたを見ました。それで私は自分をさげすみ、ちりと灰の中で悔いています」。

(ヨブと神さまのセリフの区別は、増田牧師による註)

神さまが全能であるということは、ある意味で恐ろしいことです。もしも神さまが私たちをひどい目に遭わせようとなさるなら、どんなに私たちが逃れようとしても無駄だということだからです。

しかし、ヨブが悟ったのは、「神さまがエル・シャダイであるということは、ただ神さまにものすごい力があるということだけではなく、善意に満ちたお方だ」ということです。

ひどい苦しみの中で、感覚的には神さまに見放されたような気持ちにさせられていたとしても、それでも神さまが自分を愛し、自分のために最善をなしてくださると信頼すること。「どうしてこんなひどい目に遭わせるのか」と神さまを非難することは、自分の感覚を神さまの約束よりも優先する、ひどい傲慢だったとヨブは気づきました。そして、傲慢を悔い改めた時、神さまはヨブを前以上に祝福してくださいました。

アブラハムとサラもそうです。彼は自分たちの信じるタイミングで神さまが奇跡を行なうはずだと考えていました。神さまの計画よりも、自分たちの計画の方が優れていると、傲慢にもどこかでそう思ってしまっていたのでした。それは、神さまのなさることは、絶対に善意に基づいているということを信じ切れなかったからです。

実際の神さまの計画は、アブラハム夫妻の思い通りには進みませんでした。そこで、彼らは神さまに見放されたと勝手に思い込み、焦って側室によって子どもを得ようとしました。しかし、神さまの善意を信じて、神さまのやり方に全面的に身をゆだねるしかなくなったとき、いよいよ奇跡が形になり始めたのです。

1節の「あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ」というのは、罪のない完璧な人間になれということではありません。そんなのは不可能です。これは、自分のやり方を神さまに押しつけるのではなく、神さまの善意を信じ、神さまに信頼して生きていきなさいということです。

シャダイとシャド

エル・シャダイのエルは神という意味ですが、シャダイという言葉は、シャドという言葉から来ていると言われています。

シャドとはお母さんの乳房のことです。子どもを慈しみ、子どもの幸せを心から願い、子どもの幸せに役立つことは何でも惜しみなく与えようとする母親のような、深い愛に満ちた神さま、それがエル・シャダイです。

あなたは今、苦しみの中にあるでしょうか。自分の将来がろくなものにならないのではないかと不安でしょうか。そんなとき、感覚的には、神さまの善意を信じられないかも知れません。

それでも、私たちの神さまはエル・シャダイです。私たちを愛し、私たちの幸せを心から願い、私たちが本当の意味で幸せになるためだったら、時に奇跡さえも引き起こすことのできる全能の神です。それを信じましょう。そのとき、アブラハム夫妻やヨブのように、あなたは神さまのものすごい愛と力を知ることになります。

3.キリストによる恵み

私たちとアブラハム契約

アブラハム契約は、ただアブラハムとその子孫であるユダヤ人だけが神さまに祝福され、救われるという約束ではありません。神さまは、すべての民族に救いのチャンスを用意しようと計画してくださっています。

アブラハム契約には、このような言葉があります。「地上のすべての民族は、あなたによって祝福される」(創世記12:3)。

神さまの計画はこうです。アブラハムとその子孫であるユダヤ人は、聖書の神さまと深く交わり、大いに祝福されます。すると、聖書の神さまのことを知らない他の民族(異邦人)は、それをうらやましく思い、自分たちにも本当の神さまのことを教えて欲しいとユダヤ人に願うようになります。こうして、あらゆる民族が神さまの救いを受けられるようになる、と。

子孫の約束の発展

アブラハム契約の子孫の約束は、その後発展していきます。神さまは、ダビデ王にこう約束なさいました。

「あなたの日数が満ち、あなたがあなたの先祖たちのもとに行くようになるなら、わたしは、あなたの息子の中から、あなたの世継ぎの子を、あなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる。
彼はわたしのために一つの家を建て、わたしはその王座をとこしえまでも堅く立てる。
わたしは彼にとって父となり、彼はわたしにとって子となる。わたしはわたしの恵みをあなたの先にいた者から取り去ったが、わたしの恵みをそのように、彼から取り去ることはない。
わたしは、彼をわたしの家とわたしの王国の中に、とこしえまでも立たせる。彼の王座は、とこしえまでも堅く立つ」(第1歴代誌17:11-14)。


これは、一見、息子ソロモンのことを言っているように思えますが、実は永遠の王座に就く王、すなわちメシヤ(キリスト、救い主)のことを語っています。神さまは、ダビデ王の子孫の中からメシヤが生まれると約束なさったのです。

預言通りに生まれてくださったメシヤであるイエスさまは、十字架と復活によって私たちのすべての罪を赦し、神さまの子どもなるという特権を与えてくださいました。

私たちに注がれる全能の神の力

エル・シャダイとは、母親が子どもを慈しみ、良いものを惜しみなく与えるイメージだと言いました。神さまの子どもとされた私たちは、圧倒的な祝福をいただいています。そして、必ず幸せを手にすることができます。そのために、イエスさまは来られました。イエスさまは、ご自分の命を捨てても惜しくないと思われるほど、あなたのことを愛し、あなたの幸せを何よりも大切に考えてくださっています。そして、実際に私たちのために命をささげてくださいました。

神さまがくださるものは、私たちが想像しているような幸せではないかも知れません。しかし、神さまのご計画は、私たちよりもはるかに良いものです。それを信じる時、私たちの毎日の生活には、喜びや平安や希望がわき上がっていきます。そして、エル・シャダイである神さまは、実際に幸せの約束を果たしてくださいます。

この話をお読みください

あなたにも、神さまは特別のご計画をお持ちです。その計画は、善意と恵みに満ちたすばらしいものです。なぜなら、私たちの神さまは、エル・シャダイだからです。

まとめ

エル・シャダイである全能の神さまは、あなたを大切な子どもとして愛し、あなたの幸せのためだったら、奇跡さえも引き起こされるお方です。もしも、神さまの善意、あるいは力を値引きしていたとしたら、今悔い改め、信じますと告白しましょう。

あなたは、ここからどんなチャレンジを受けていますか? この箇所を読んで、生活や態度をどのように変えるよう示されていますか? 何を決心しましたか? 抽象化しないで、具体的に表現しましょう。


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