救いは主にある

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詩篇3篇1〜8節

(2012.10.28)

該当の聖句を読んでみて、分からない単語や言い回し、複数の意味に取れる表現、疑問に思ったことなどはありませんか?

この聖句は、この書全体の中で、どういう位置を占めていますか? 前後を読んだり、参考書を調べたりして、記者の論理の流れをつかみましょう。また、この書の書かれた歴史的、地理的背景も調べましょう。

この箇所は、私たちにどんな教訓やチャレンジを与えていますか?

イントロ

この詩篇3篇は、前回学んだ4篇と同様、アブシャロム王子の叛乱が背景になっています(この事件の詳細については、前回のメッセージで学びました)。ですから、この詩の中で「敵」と呼ばれているのは、直接的にはアブシャロムに与して、ダビデの命を狙っている者たちのことで、彼らに対する勝利を願い、勝利を確信しているのが詩篇3篇です。この詩のテーマは、私たちにとってどういう意味を持つのでしょうか。

1.私たちの敵は誰か

様々な敵と本当の敵

私たちの前には様々な「敵」が現れます。 それは、
  • あなたに意地悪をする人かも知れません。
  • ビジネス上のライバルかも知れません。
  • 人ではなく、たとえばあなたやあなたの大切な人を苦しめる病気かも知れません。
  • 経済的な問題かも知れません。
  • 過去やってしまった失敗をどうしても忘れることができず、心がちくちくと痛む、罪責感のことかも知れません。
いずれにしても、敵とは、あなたを苦しめるものです。

私たちには、それが人であれ状況であれ、様々な敵がありますが、聖書は究極の敵が誰なのかをはっきりと教えてくれています。

「私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです」(エペソ6:12)。

すなわち、悪魔と呼ばれるサタンと、サタンに従って活動している悪霊たちです。間違えないでください。あなたに意地悪をするあの人が悪魔や悪霊なのではなくて、その人との人間関係のトラブルを通して、実は悪魔があなたを苦しめようとしているということです。

悪魔の起源

サタンや悪霊がどうして生まれたのかということについては、聖書にははっきりとは書かれていません。ただ、断片的に書かれていることから、伝統的に考えられてきたのは、サタンも悪霊たちも、元々は神さまの御使い(天使)だったということです。

特にサタンは、元々は天使たちの中の最高の地位についていました。以下の、エゼキエル28:12-15は、ツロ(地中海沿岸の都市国家)の王について語られた言葉ですが、実はサタンについて描写したものだと言われています。

「人の子よ。ツロの王について哀歌を唱えて、彼に言え。神である主はこう仰せられる。あなたは全きものの典型であった。知恵に満ち、美の極みであった。
あなたは神の園、エデンにいて、あらゆる宝石があなたをおおっていた。赤めのう、トパーズ、ダイヤモンド、緑柱石、しまめのう、碧玉、サファイヤ、トルコ玉、エメラルド。あなたのタンバリンと笛とは金で作られ、これらはあなたが造られた日に整えられていた。
わたしはあなたを油そそがれた守護者ケルブとともに、神の聖なる山に置いた。あなたは火の石の間を歩いていた。
あなたの行いは、あなたが造られた日からあなたに不正が見いだされるまでは、完全だった」


「不正が見いだされるまでは」と書かれています。サタンがどんな不正を働いたかというと、傲慢の罪だったようです。イザヤ14:12-15を見てみましょう。

「暁の子、明けの明星よ。どうしてあなたは天から落ちたのか。国々を打ち破った者よ。どうしてあなたは地に切り倒されたのか。
あなたは心の中で言った。『私は天に上ろう。神の星々のはるか上に私の王座を上げ、北の果てにある会合の山にすわろう。
密雲の頂に上り、いと高き方のようになろう。』
しかし、あなたはよみに落とされ、穴の底に落とされる」


元々のサタンは、暁の子、明けの明星と呼ばれるほどにすばらしい存在でした。しかし、傲慢になり、神さまに取って代わろうとして反逆しました。

そのとき、天使の三分の一が彼に従い、これが悪霊たちになったようです。

「また、別のしるしが天に現れた。見よ。大きな赤い竜である。七つの頭と十本の角とを持ち、その頭には七つの冠をかぶっていた。その尾は、天の星の三分の一を引き寄せると、それらを地上に投げた」(黙示録12:3-4)。

悪魔の反逆の結果

創世記1:1-2にはこう書かれています。「初めに、神が天と地を創造した。地は茫漠として何もなかった」。

茫漠と訳されているのは、ヘブル語で「トーフー・ヴァ・ボーフー」という表現です。ヴァは英語のandに当たりますが、トーフーは秩序がない混沌とした状態、ボーフーは何もない空しい状態を表します。全知全能の神さまが造られた世界が、ぐちゃぐちゃで空しいものだったというのは、不思議ではありませんか?

しかも、イザヤ45:18にはこう書かれています。「天を創造した方、すなわち神、地を形造り、これを仕上げた方、すなわちこれを堅く立てた方、これを茫漠としたものに創造せず、人の住みかにこれを形造った方、まことに、この【主】がこう仰せられる。「わたしが【主】である。ほかにはいない」。

実は、創世記1章の1節と2節の間には、時間的な隔たりがあります。1節で神さまが造られた世界は秩序に満ちた素晴しい世界でした。先ほど読んだエゼキエル28章に描かれているような世界です。

ところが、サタンが反逆した結果、神さまが造られた最初の宇宙が混沌状態に陥りました。なぜかというと、神さまはサタンに最初の宇宙の管理を任されていたからです。管理者が堕落すると、管理を受けていたものも一緒に元の素晴しい姿を失ってしまいます。

創世記1章の3節以降、神さまは世界を6日間かけて創造なさいますね。これは、サタンの堕落によって混沌状態に陥ってしまった宇宙に、もう一度秩序を取り戻されたということです。

2.悪魔の活動

悪魔の目的

第1のポイントで見たように、サタンの最終目的は神さまに取って代わることです。しかし、直接神さまと戦ってもかないませんし、実際に1回は負けてしまいました。そこで、ちょっとずつ神さまの支配地域を奪っていくやり方を始めました。

神さまは、サタンの堕落のせいで混沌状態に陥っていた世界に再び秩序を取り戻された後、サタンに代わる新たな管理者として、人間アダムを選ばれました。サタンは人間を憎んでいます。それは、自分が失った世界の管理者の地位を、人間が手に入れたからです。要するに嫉妬ですね。

そこで、サタンは人間にも罪を犯させて、管理者の地位を失わせようとしました。そうするならば、人間が神さまの支配から離れるのはもちろん、人間に管理を任されていたこの世界も、再び神さまの支配から離れるだろうと考えたわけです。

そして、蛇に化けたサタンは、アダムとその妻エバを誘惑して、神さまが食べてはいけないと命じていた善悪の知識の木の実を食べさせてしまいます。

管理者であるアダムが罪を犯したので、再び世界は元の素晴しい姿を失ってしまいました。「あなたが、妻の声に聞き従い、食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べたので、土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった」(創世記3:17)。

人間に神への信頼を失わせること

それ以来、サタンとその手下である悪霊たちの活動は、もっぱら人間に罪を犯させることに終始しています。

罪とは、支配者としての神さまを否定し、自分が自分の人生の神になることです。「自分は自分のやりたいようにやるから、神は口を出すな。神なんて、呼ばれたときだけ出てきて祝福をくれる、召使いのような存在でいい」という生き方ですね。

そのために、悪魔は、神さまに対する人間の信頼を失わせようとします。あの手この手を使って。

最初に悪魔がエバを誘惑したとき(その場にはアダムもいました)、彼はこう言っています。「(その実を食べても)あなたがたは決して死にません。あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです」(創世記3:4-5)。

すなわち、神は嘘つきで、けちんぼで、だから食べたら本当に幸せになるあの木の実を禁じているんだと。ちょうど、一休さんの話の中に出てくる、水飴を独り占めにしたくて、小坊主たちにこれは毒だと偽った和尚さんのように。

詩篇3:2で、敵がこう言っていますね。「彼に神の救いはない」。サタンはあなたの心にも語りかけてきます。「神はあなたのことなんかどうでもいいと思っている。だから、あなたのことを助けてはくれないよ。神はあなたには本当の幸せなんかくれないよ」と。

だから、神なんかに頼らないで、自分でなんとかしなきゃ。罪は神を悲しませることだけれど、けちんぼの神のことなんてどうでもいいじゃないか。自分がやりたいようにやればいいじゃないか……と。

あの手この手を使って

「あなたに神の救いはない」という考えを吹き込んで、神さまへの信頼を失わせることが悪魔の狙いです。そのためだったら、サタンも悪霊たちも何でもやります。

ある場合には、ちょうどヨブがいろんな災難に遭ったように、いろいろなつらい思いをさせて、「ほらね。あなたがこんな目に遭うのを止めなかった神が、愛であるはずがない」と思わせようとします。

ある場合には、いろいろな不安を掻き立てて、「神さまの助けを待っていたら間に合わなくなるよ。誰も見ていないから、法律違反でも何でも、これをやっちゃいな」と誘惑してきます。

あるいは、順風満帆な状況の中に私たちを置いて、「神なんかに頼らなくったって、こうやって結構うまく生きていけるじゃない?」と、思わせようとします。

主に発展途上国などでは、いろいろなオカルト的な恐ろしい現象を引き起こして、「聖書の神には力がない。このような恐ろしいことを行える私を拝みなさい」とサタンは誘ってきます。

いずれにしても、「神の救いはない」。これがサタンが私たちに思い込ませようとしていることです。今あなたがどんな状況に置かれているかは関係ありません。順風満帆でも、問題だらけでも、とにかくサタンは、24時間、365日、たゆむことなく「神の救いはない」と私たちに語りかけ、そう思い込ませようとしています。

まずは、そのことに気がつくこと。それが大切です。

3.神による勝利

救いの計画

サタンと人間の罪によってむちゃくちゃになってしまったこの世界を、神さまは何とかしようと考えてくださいました。神さまは救いの計画をお持ちです。

聖書が教える救いとは、単に私たちの気分が良くなるということではありません。それは、人間の罪の結果のろわれてしまったこの世界を元通りにすること、すなわちエデンの園のような素晴しい世界を復活させることです。それが実現するのが、千年王国の時代です。

千年王国がどういう世界なのか、一例を挙げましょう。

「狼は子羊とともに宿り、ひょうは子やぎとともに伏し、子牛、若獅子、肥えた家畜が共にいて、小さい子どもがこれを追っていく。
雌牛と熊とは共に草をはみ、その子らは共に伏し、獅子も牛のようにわらを食う。
乳飲み子はコブラの穴の上で戯れ、乳離れした子はまむしの子に手を伸べる。
わたしの聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、そこなわない。【主】を知ることが、海をおおう水のように、地を満たすからである。
その日、エッサイの根は、国々の民の旗として立ち、国々は彼を求め、彼のいこう所は栄光に輝く」(イザヤ11:6-10)。


救いはそれだけにとどまりません。やがて、サタンの堕落によって破壊されてしまった、最初の宇宙も復活します。これが黙示録の最後に記されている「新しい天と新しい地」(黙示録21:1)です。

そのように、先の先まで見通して、緻密な救いの計画を立てておられる神さまが、あなたのことを個人的に愛し、支え、守ってくださいます。ですから、ダビデは、詩篇3:8でこう宣言しています。「救いは【主】にあります」。

どんなに、サタンが「それは嘘だ。あなたに神の救いはない」と思い込ませようとしても、「救いは主にある」と信じ、そう宣言し続けなければなりません。

サタンへの攻撃

「救いは主にある」と信じ、そう告白すること。これこそが、サタンや悪霊に対する最大の攻撃です。

サタンや悪霊は、元は天使ですから、私たちよりもはるかに賢く力があります。しかし、必要以上に恐れることはありません。なぜなら、彼らよりも聖霊の方がはるかに賢く強いからです。

聖霊さまは紳士なので、私たちが認めなければ、無理矢理働こうとはなさいません。私たちが神さまこそが自分の人生の主であり、私たちを本当の幸せへと導いてくださる救いの神であると信じ、そう告白するとき、聖霊さまは自由に私たちの人生の中で働かれ、サタンが勝利を収めることは決してありません。

今、宣言しましょう。救いは主にあります!

従えない心を悔い改めよう

ヤコブ4:7にもこのように書かれています。「ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります」。まず神さまに従う。すると、悪魔に勝利できるということです。

神さまに従えないとしたら、それはどこかで神さまを信頼しきっていないからでしょう。自分の欲望に従った方が、神さまに従うよりもずっと幸せだと、どこかで思い込んでいるからでしょう。

それに気づいたら、その思いを悔い改めましょう。そして、ダビデのように、「神さま、あなたにこそ救いがあります。あなたこそ、私を本当の幸せへと導いてくださる方です。だから、あなたに従います」と告白しましょう。

まとめ

悪魔は、神さまへの信頼を崩そうとします。それにいつも警戒して、神さまに信頼し続けられるようにしましょう。

あなたは、ここからどんなチャレンジを受けていますか? この箇所を読んで、生活や態度をどのように変えるよう示されていますか? 何を決心しましたか? 抽象化しないで、具体的に表現しましょう。


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