いつも主にあって喜びなさい

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ピリピ人への手紙4章4〜9節

(2013.4.7)

参考資料

「主は近いのです」(5節)は、イエスさまの再臨が近いということ(ヤコブ5:8)。

聖書からのメッセージ

イントロ

パウロは、「いつも…喜びなさい」と勧めています(4節)。ところが、「いつも」というのは実際には難しいです。降りかかってくる問題に心がしぼんでしまいそうになったり、嫌なことをしたり言ったりする人に対してイライラしてしまったり。どうすれば、私たちの心が喜びへと向かうのでしょうか。

1.主にあって

主の中で

ただ「喜びなさい」と言われているのではありません。「主にあって喜びなさい」です。

「主にあって」とは、英語で言うと「in the Lord」、すなわち「主の中で」ということです。イエスさまと結びつき、イエスさまに抱かれ、イエスさまに守られている状態で喜びなさいというわけです。

状況や人にばかり注意を向けていると、私たちは不安になったり、イライラしたりして喜びを失ってしまいます。そこで、私たちは誰につながり、見守られ、導かれているかということを思い起こす必要があります。

私たちの信じる神さま

私たちの神さまは、全知全能であって、何でもすることができます。そのお方が、この私の幸せを願い、途中経過はどうであれ、最終的には必ず幸せにしてくださいます。また、その途中経過が苦しいものであったとしても、必ず「あのときの苦しみがあったから、今の幸せがある」と言えるような用い方をしてくださいます。さらには、私たちが、他の人々に祝福のお裾分けをすることができるようにしてくださいます。

また、「主は近い」(5節)と書かれているように、そう遠くない未来にイエスさまが再臨なさいます。そうしたら、イエスさまはすべての悪をさばき、相応の報いをしてくださいます。わざわざ私たちが人を裁き、責める必要はありません。だからパウロは、「あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい」(5節)と勧めています。

私たちが喜びを失いそうになったとき、問われているのは、そのような信仰だということを思い起こしましょう。この場合の信仰を別の言葉で表現すると、「神さまの力と善意に対する信頼」です。

感謝をもってささげる祈りと願い

そしてパウロは、「感謝をもってささげる祈りと願い」(6節)を神さまにささげるように勧めています。

ひどい状況の中で、ひどいことをする人がいる状態で、何を感謝するのでしょうか。それは、それでも神さまがこの私のことを愛し、祝福し、さらに祝福された私を通して世界を祝福しようとしておられるということをです。

私たちが問題から神さまへと心の目を向けるとき、「人のすべての考えにまさる神の平安」(7節)がやってきます。そして、どうして喜べるだろうかという状況の中でも、喜びがわき上がってくるのです。また、失礼なことをされて腹が立つような状況でも、「あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせ」(5節)ることができるようになります。

2.心を留めるべきこと

私たちは何を見ているか

喜べないような状態に陥っているとき、私たちの心の目は、間違ったものを見つめています。私たちが心を向けなければならないのは、一つは前のポイントで語ったように神さまの力と善意です。

そして、もう一つは、今やらなければならないことです。

私たちが思い煩うのは、私たちが頭の中で勝手に作り上げた破壊的な未来とか、私たち自身のちっぽけなプライドが傷つけられたというようなことです。そして、それがいかにも大変なことのように思い込んで、一喜一憂するわけです。

思い切り思い煩ってみる

今、あなたは何かを思い煩っていますか? もしも、神さまの力と善意に心を向けようとしても、なかなか思い煩いから解放されないのだとすれば、一度思い切り思い煩ってみましょう。そして、ご自分の心と対話しながら、思い煩いの中身を分析してみます。

まず、その思い煩いの中で、いったいどんな破壊的な未来、最悪の結末を想像していますか? そして、思い煩うことで、その最悪の結末に陥るのを少しでも防止することができますか?

また、代わりに、どんな最高の結末を期待していますか? その最高の結末でなかったら、何か問題がありますか?

そして、最もありそうな結末は何ですか?

自分の思い煩いが見えてくると、案外落ち着いてくるものです。その上で、その思い煩いのことは脇に置いておき、次のパウロの勧めに従います。

今なすべきことをやろう

パウロは「すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい」(8節)と勧めます。

心配しても仕方のない未来とか、失礼なことをする人とかのことを考えて平安を失うよりも、今あなたの愛や力を必要としている人や組織のために何かをすること、そちらの方がずっと有益ですから。

そして、そうすることが、余計な思い煩いから私たちを解放します。さらには、イエスさまが共にいてくださり、共に働いてくださるという喜びや感動を増し加えます。

まとめ

どうしても喜べないときは、いったん思い切り思い煩ってみましょう。そして、自分の思い煩いの正体が分かったら、神さまにお任せする祈りをして、いったん思い煩いのことは脇に置きましょう。それから、今心を向けなければならないこと、今やらなければならないことを考えて、そこに集中しましょう。

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