真理の御霊

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ヨハネによる福音書 第16章12〜15節

(2013.5.19)

参考資料

五旬節は、モーセの律法に定められたユダヤ人の祭りの一つです。五旬節とは50日目の祭日という意味で、「初穂の祭り」(大麦の初穂の束をささげる日)から数えて50日目に行われました(レビ23:15-20)。ギリシヤ語訳はペンテーコンタ・ヘーメラスで、ペンテコステとも言います。また「七週の祭り」とも呼ばれていました(出エジプト34:22、申命16:10)。大麦の収穫の終りと(申命16:9)、小麦の収穫の開始の日なので(出34:22)、「刈り入れの祭り」(出エジプト23:16)、「初穂の日」(民数28:26)とも呼ばれています。

キリスト教会では、五旬節の日に弟子たちに聖霊が臨まれ、教会が誕生したので(使徒2章)、この日を記念してお祝いしています。クリスマス、イースターに並ぶ、キリスト教三大祭りの一つです。なお、イースターの7週後の日曜日がペンテコステの祭日なので、毎年日付が変わります。

聖書からのメッセージ

イントロ

今日はペンテコステです。ペンテコステは、元々はユダヤの収穫感謝祭でした。しかし、イエスさまが十字架にかかり、復活し、天にお帰りになった後、ペンテコステの祭りの日に、ある特別な出来事が起き、それからクリスマス、イースター(復活祭)に並ぶ、キリスト教三大祭りの一つとしてお祝いするようになりました。

この日、神の霊、聖霊が弟子たちに降り、彼らが内側からまったく新しく造り変えられ、教会が誕生したのです。そして、聖霊は、今日も私たちクリスチャンを満たし、新しく造り変えてくださいます。

1.聖霊の助けとクリスチャン生活

聖霊が弟子たちの上に降り、その内側を満たしてくださったとき、弟子たちは全く造り変えられました。イエスさまの教えをほとんど理解できず、臆病だった彼らは、突然イエスさまの教えを理解し、勇敢に福音を宣べ伝えるようになりました。そして、愛に満ちた共同体を作り上げました。

私たちは、自分の力では神さまが要求なさる生き方の基準に到達できませんでした。だからこそ、イエスさまが十字架にかかって私たちに対する罰を身代わりに受け、私たちを救ってくださいました。私たちは赦されただけですから、そのまま自分の力だけで努力しても、神さまの基準に到達することはもちろんできません。

ですから、聖霊さまが助け主として来られ、私たちを内側から造り変える必要があるのです。

クリスチャン生活は、聖霊のお働きによらなければ不可能です。

2.真理を教える聖霊

真理の御霊

今回は、助け主である聖霊さまの、様々な助けの働きのうち、一つに焦点を合わせます。それは、「その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます」(13節)という働きです。

イエスさまは、「わたしには、あなたがたに話すことがまだたくさんありますが、今あなたがたはそれに耐える力がありません」とおっしゃいました(12節)。しかし、聖霊さまがそれを教えてくださるよと、イエスさまは約束なさり、その約束通り、聖霊さまが地上にいらっしゃったのです。

聖霊さまが教えてくださる真理とは、イエスさまが私たちに伝えたいと願っておられることです。

どのように真理を教えるか

神さまは、幻や天使や天からの声や預言など、様々な方法でみこころを私たちに教えようとなさいます。しかし、最も大切な情報源は、聖書です。

たとえ幻や天使を見たとしても、また預言者だと自称する人が神からのメッセージだといって語ったとしても、聖書に照らし、聖書の教えに合っていることを確認しなければなりません。悪魔は光の天使に変装することができるからです(第2コリント11:14)。

聖書は、千数百年にわたって、40人ほどのユダヤ人によって書き上げられました。彼ら聖書記者たちは、自分たちの考えを書き記したのではなく、聖霊さまの影響を受けて、間違いなく神さまからのメッセージが記録されるように導かれました。これを「霊感」と呼びます。ですから、聖書の本当の著者は聖霊さまだと言ってもいいでしょう。

私たちは、もっともっと聖書に親しみましょう。そして、「聖霊さま、どうか聖書を通して、今ここにいる私にイエスさまが伝えたいと思っておられることを知ることができるようにお導きください」と祈りましょう。

3.イエスの栄光を求めよう

聖霊の働きの目的

さて、真理の御霊である聖霊さまは、何を最も私たちに伝えたいと思っておられるのでしょうか。それは、イエスさまの栄光です(14節)。イエスさまがいかにすばらしいお方かということを、私たちに知って欲しいというのが、聖霊さまの切なる願いです。

人がクリスチャンになったとき、聖霊さまを内側にお招きし、心に住んでいただきます。誰も、聖霊さまのお働きなしに、クリスチャンになることはできません。「ですから、私は、あなたがたに次のことを教えておきます。神の御霊によって語る者はだれも、「イエスはのろわれよ」と言わず、また、聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です」と言うことはできません」(第1コリント12:3)。

このように、聖霊さまはすべてのクリスチャンのうちに住んでいてくださいますが、人により、状況によって、様々な働き方をしてくださいます。ある人は、様々な奇跡を行なう賜物を与えられます。言いようもない感動に突き動かされ、涙を流す人もいます。幻を見たり、体がしびれたり、倒れたり、喜びにあふれて躍り上がったり、恍惚状態になったり、使徒の働き2章の弟子たちのように異言(習ったことのない言語)で語り始めたり……。

しかし、聖霊さまの目的は、イエスさまの栄光が現れることです。私たちがイエスさまのすばらしさを知り、私たちを通して他の人もそれを知ること、それが目的です。幻を見せたり、奇跡を行なわせたり、しびれさせたりすることそのものが目的ではありません。

英国国教会のニッキー・ガンベル牧師は、こんなことを語っておられます。「恋をすると胸がどきどきします。しかし、胸がどきどきすることそのものが大事なのではありません。相手を愛することが最も大切なことです。相手を愛した結果として、胸がどきどきします。相手への愛を抜きにして、胸のどきどき感だけを最初から求めるのは変です。聖霊による体験も同じことです」と。

イエスの栄光か、自分自身の栄光か

また、イエスさまの栄光が最終目的だということを忘れると、私たちは聖霊による様々な体験を誇るようになります。幻を見る自分の方が、そうでないクリスチャンよりも優れている。奇跡を行える自分の方が、そうでないクリスチャンよりも優れている。聖書をすらすらと解き明かせる自分の方が、そうでないクリスチャンよりも優れている……。

それは、イエスさまの栄光を求める態度ではなく、自分自身の栄光を優先させる態度です。

イエスさまのすばらしさがもっともっと分かるようになることに比べれば、幻も、しびれも、異言も、いやしも、そんなに重要なことではありません。この話をお読みください

「聖霊さま、イエスさまのすばらしさを教えてください」といつも祈りましょう。

まとめ

聖霊さまは、あなたに真理、すなわちイエスさまがいかにすばらしいかということを、様々な方法で教えてくださいます。そして、それによってあなたの人生もまたすばらしいことで満ちあふれます。期待しましょう。

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