怒りを乗り越えるために

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コロサイ人への手紙3章7〜15節

(2013.6.9)

参考資料

スクテヤ人は、現在のロシア南部にいた遊牧民族です。当時のローマ世界では最も野蛮な人々と見なされていたようです。

聖書からのメッセージ

イントロ

今回は、他の人に対する怒りや不満に、どのように対処するかという話です。

1.信仰の調子を測るはかり

内側にあるものが表に出てくる

5節でパウロは、「地上のからだの諸部分、すなわち、不品行、汚れ、情欲、悪い欲、そしてむさぼりを殺してしまいなさい」と勧めています。

そして、それを受けて、8節で「すべてこれらのこと、すなわち、怒り、憤り、悪意、そしり、あなたがたの口から出る恥ずべきことばを、捨ててしまいなさい」と勧めています。

すなわち、「不品行、汚れ、情欲、悪い欲、むさぼり」と、「怒り、憤り、悪意、そしり、恥ずべきことば(ここでは特に、人をのろうような攻撃的なことば)」は同じ根っこだということです。

心の中の不適切な欲望が表に表れてくると、怒りやそしりなど、人間関係の問題になるということですね。

今の対人関係はどうか

逆に言うと、対人関係がどうかということは、私たちの心の中の問題、信仰の状態を測るバロメーターになります。

もちろん、こちら側が望ましい信仰のあり方をしていても、一方的に意地悪をされたり、嫉妬されたり、迫害されたりすることはあります。相手がどうかではなく、こちら側が相手に対してどんな気持ちでいるのか、どんな態度を取っているのかということがバロメーターなのです。

これはチャンスでもある

相手に対して怒り、憤り、悪意、そしりなどが生じてはいないでしょうか。もしそういう状態だと気づくことができればすばらしい! 信仰がより成長し、イエスさまとの関係がますます強くなるチャンスだからです。

では、誰かに対して攻撃的な気持ちになったときには、どうしたらいいのでしょうか。

2.代わりに目指すべき方向

慈愛や寛容

人間関係をぎくしゃくさせる怒り、憤り、悪意、そしり、恥ずべきことばを捨て去って、代わりに何を身につけるべきか。パウロは12-14節でこう勧めています。

「それゆえ、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです」

赦し

特に、赦しが強調されています。怒りというのは被害を受けたと感じたとき、相手を罰するためにわき上がってくる感情です。ですから、誰かに対する怒りやそこから生じる悪意などを乗り越えるためには、赦しがどうしても必要になるのです。

誰かに対して怒りを覚えたときには、神さまに赦しを宣言しましょう。「まだ感情的には落ち着いていませんが、私はこの怒りを手放します。あなたが私を赦し、あの人を赦してくださっているように、私もあの人を赦します。怒りを覚え、あの人に仕返ししてやりたいという思いを手放します。あの人に対する復讐の権利を手放します」と。

さらに、愛が強調されています。愛は、相手の幸福を望む心と表裏一体です。

ローマ12:14でも「あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福すべきであって、のろってはいけません」と勧められています。感情的にはなかなか相手に愛情を感じられなかったとしても、そして、具体的に親切な行動をとれなかったとしても、まずは「神さま、あの人を幸せに導いてください」と祈ってみましょう。

3.キリストの平和

新しい誕生を信じよう

もちろん、それで怒りを手放すことができれば苦労はありません。そこでパウロは、自分一人の力で怒りを克服するのではなく、イエス・キリストの力を借りることを提案しています。

まず、9-10節で、私たちはキリストを信じたときに、神さまによって新しい存在に造り変えられたということを思い起こさせています。新しい人は、日々造り変えられて新しくなり、イエス・キリストに似たものになっていきます。まず、それを信じましょう。

十字架の赦しを思いだそう

赦しを強調したとき、パウロは「主があなたがたを赦してくださったように」(13節)という言葉を添えました。私たちが物理的・精神的に損害を与えた相手を赦すのは、イエスさまが私を赦し、相手も赦してくださっているからです。

聖書は、自分がどれだけ大きな罪を赦してもらっているか、そしてそのためにイエスさまがどんなに大きな犠牲を払ってくださったか、またどれだけ自分がイエスさまに愛されているかを実感すればするほど、私たちは他の人に対して寛容になれると教えています(ルカ18:21-35参照)。

誰かに対して不満を感じたり、怒りを感じたりしたら、イエスさまの十字架を思い起こしましょう。そして、どれだけ自分がイエスさまに愛されているかを思い起こしましょう。

キリストの平和を味わおう

さらにパウロは、「キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい」(15節)と勧めています。

どうして人はバンジージャンプを飛ぶことができるのでしょうか。それは、命綱がしっかりと自分を支えてくれると信じ、平安があるからです。「三分の一の確立で綱が切れます」というようなバンジージャンプに挑戦しようとは思いませんね。

なぜ人の言動に振り回され、怒りや不満を覚えるのか。それは、私たちの心に何があっても大丈夫だという確信が乏しいからです。だから、ちょっとした波風に小舟が揺さぶられるような気持ちになり、そういう不安を感じさせた相手に復讐したくなるわけです。

天の父なる神さまは、あなたを愛し、あなたを祝福しておられます。だから、夫がどうであれ、妻がどうであれ、子どもが、親が、同僚が、友だちが、あの人が、この人がどうであれ、私は大丈夫。そういう平安が強ければ強い分だけ、人の言動に振り回されず、寛容でいられるでしょう。

自分に大丈夫だと言い続けよう

神さまは、ひとり子をお与えになるほどに、あなたを愛してくださいました(ヨハネ3:16)。ですから、何があっても大丈夫です。それを自分に向かって言い続けましょう。特に、誰かの言動に腹を立てたときにはそうしましょう。

まとめ

私たちには、他人の言動に振り回されず、平安で愛情に満ちた心を保つことができるようになるという希望が与えられています。

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