伝道のために祈ってください

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コロサイ人への手紙1章1〜11節

(2013.6.23)

参考資料

テキコは、第3回伝道旅行に同行しました(正確には先行し、トロアスで合流)。コロサイだけでなく、エペソにも手紙と共に派遣され(エペソ6:21-22)、その後もエペソのテモテ、クレテのテトスの元に、パウロの使いとして赴きました(第2テモテ4:12。テトス3:12)。

オネシモは、コロサイのクリスチャンであったピレモンの奴隷でしたが、逃亡しました。そして、獄中のパウロと出会って回心しました。パウロはテキコがコロサイに赴く際、オネシモを同行させます。通常、逃げた奴隷が捕まると死刑ですが、パウロはオネシモを赦してやって欲しいと願う手紙を持たせました(ピレモン書)。

アリスタルコも、第3回伝道旅行に同行しました(使徒19:29)。その後もパウロに同行し(使徒27:2)、一緒に捕らえられて獄中生活も共にしました。

マルコ(別名ヨハネ)はマルコの福音書の記者です。伝承では、最後の晩餐はマルコの母マリヤの家で行なわれたと言われています。当初は臆病な性格だったようで、イエス逮捕の時、捕らえられそうになって裸で逃げたのは彼だと考えられています(マルコ14:51-52)。また、第1回伝道旅行でパウロとバルナバに同行しますが、途中で脱落してしまいました(使徒13:5)。そのため、次の伝道旅行でパウロに同行を拒否されます。そこで、バルナバがキプロス伝道に連れて行きました(使徒15:36-41)。その後はペテロの働きも手伝いました(第1ペテロ5:13)。バルナバとペテロのおかげか信仰が強められていき、やがてパウロの信頼も回復して、コロサイ書やピレモン書が書かれた時には一緒に働いています。最後には「私の務めに役に立つ人物だ」とパウロに言わしめました(第2テモテ4:11)。

エパフラスはコロサイの出身で、第3回伝道旅行でパウロがエペソに2年間滞在している時(使徒19:10)、パウロの指導の下、コロサイ、ラオデキヤ、ヒエラポリスで伝道して教会を生み出したと考えられています(コロサイ1:7)。コロサイ書やピレモン書が書かれた時には、パウロと共に獄中にありました(ピレモン23)

ルカはルカの福音書とその続編である使徒の働きの記者です。第2回・第3回の伝道旅行に同行しました(使徒の働き16-28章で、一人称が「私たち」となっている部分)。パウロの晩年、多くの人が彼の元を離れても、ルカは離れませんでした(第2テモテ4:11)。

デマスは、この時点ではパウロと行動を共にしていましたが、後に再びパウロが投獄された時には、「今の世を愛して」パウロの元を離れ、テサロニケに行ってしまいました(第2テモテ4:10)。マルコやルカと対照的です。

ヌンパは女性だと考えられています(「その家」を「彼女の家」としている写本があります)。

ユストアルキポについては他に情報がありません。

聖書からのメッセージ

イントロ

コロサイ人への手紙の最後で、パウロは祈りについて語っています。「目をさまして、感謝をもって、たゆみなく祈りなさい」(2節)。私たちは様々なことを祈りますが、特にパウロが求めたのはどのような祈りでしょうか。

1.パウロの伝道の働きのために

キリストの奥義を語れるように

奥義とは、通常の日本語では、たとえば武道や工芸などの世界で、一子相伝、門外不出の秘密の技や工夫のことを指します。しかし、聖書が奥義といった場合には、「旧約聖書では明らかになっていなかったが、新約聖書になって神が明らかにしてくださった真理」を指します。

「この奥義は、今は、御霊によって、キリストの聖なる使徒たちと預言者たちに啓示されていますが、前の時代には、今と同じようには人々に知らされていませんでした」(エペソ3:5)

その一部を紹介すると、
  • イスラエルの一部がかたくなになったのは異邦人の救いが完成するまでだということ(ローマ11:25)
  • 世の終わりの時、信者は死者も生者も栄光の体に変えられること(第1コリント15:51-53)
  • 夫婦の関係はキリストと教会の関係を表していること(エペソ5:32)
  • キリストが信者の内に住んでくださること(コロサイ1:27)
などです。

そして、パウロはエペソ3:6-7でこう語っています。「その奥義とは、福音により、キリスト・イエスにあって、異邦人もまた共同の相続者となり、ともに一つのからだに連なり、ともに約束にあずかる者となるということです。私は、神の力の働きにより、自分に与えられた神の恵みの賜物によって、この福音に仕える者とされました」

ここで挙げられている奥義は、「イエス・キリストの福音を信じることによって、異邦人もユダヤ人と共同の相続人となって、同じ一つの教会に属し、神さまの約束された祝福をいただくことができる」ということです。

ですから、パウロが言う「キリストの奥義を語る」とは、要するに福音を宣べ伝える、伝道するということです。自分たちが伝道できるように祈ってください、と。

門が開かれるように

福音を宣べ伝えるために、教会の人々に援護射撃の祈りをして欲しいと願うパウロは、まず「神がみことばのために門を開いてくださ」るように祈って欲しいとリクエストします。

この時パウロは牢獄の中にいました。行きたいところに行き、会いたい人に会って、語りたいことを自由に語るというわけにはいきません。

しかし、だからといってパウロは伝道できないとは考えませんでした。福音は伝えても伝えなくてもいいというものではありません。伝道はクリスチャン生活のオプション品ではなく、どうしてもしなければならない使命です(カーナビの付いていない車はありますが、エンジンの付いていない車はありませんね)。

ですから、どうにか福音を語る相手が与えられるように、語るチャンスが与えられるようにと祈りました。そして、コロサイ教会の人たちにも、自分の前に伝道の門が大きく開かれるように祈って欲しいと願いました。

当然語るべき語り方で、はっきり語れるように

さらにパウロは、しっかりと福音を語ることができるよう祈って欲しいとリクエストしました。

たとえ神さまが伝道の門を開いてくださり、語る相手、語るチャンスを与えてくださったとしても、こちらが
  • 語ることをためらってしまう
  • ストレートに語らず、大事なところがぼやけてしまう
  • 感情的ではあるけれど、支離滅裂で何を伝えたいのかが分からないような話し方をしてしまう
  • 上から目線で語ってしまい、相手の聞きたいという意欲を削いでしまう
そんな語り方をしてしまっては、せっかくのチャンスをふいにしてしまうかもしれません。

パウロは経験豊かな伝道者であり、語ることは得意なはずですが、それでも祈ってくれるよう、コロサイの人たちにリクエストしました。

2.あなたがたも伝道できるように

外部の人に対して賢明にふるまい

次にパウロは、読者も伝道するようにと導いています。福音伝道は、職業としての牧師や宣教師、伝道者だけでなく、すべてのクリスチャンがどうしてもしなければならない使命です。ということは、あなたもあらゆる機会を捉えて、福音を伝える必要があります。方法は人それぞれです。しかし、とにかく何らかの形で、救い主であるイエスさまのことを人々に紹介しなければなりません。

まずパウロは、「外部の人たちに対して賢明にふるまい」なさいと命じています。

人は、嫌いな人の話など聞きたいとは思いません。人がイエスさまや福音に興味を持つのは、まずイエス・キリストによって人生を造り変えられたクリスチャンに興味を持つからです。

私たちは観察されています。私たちの一挙手一投足が、イエス・キリストを証ししています。伝道できないなどということはありません。あなたが家庭の中に存在し、職場や学校や地域の中で生きていることそのものが、すでに伝道です。

塩味のきいたことば

特にパウロは、「あなたがたのことばが、いつも親切で、塩味のきいたものであるようにしなさい」と勧めています。マタイ5:13-14には「あなたがたは、地の塩です。世の光です」というイエスさまの言葉が記されています。その意味は、マタイ5:16の「人々があなたがたの良い行ないを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい」です。

すなわち、「ことばが塩味のきいたものである」というのは、人々が私たちの言葉を聞いて、「こういう言葉を語る人はいいなあ。この人を造り変えた神さまを、私も信じてみたい」と思うような、そんな言葉を選んで語ろうということです。

私たちの行動、特に言葉が、イエスさまを紹介するのにふさわしいものであるか、いつも注意しましょう。

機会を十分に生かして用いなさい

そしてパウロは、「機会を十分生かして用いなさい」と勧めています。直訳すると「時間を買いなさい」という文章です。時間は無尽蔵にあると思えば、だらだらと過ごしてしまうかもしれません。しかし、高いお金を払って買ったものなら、無駄にしないように考えますね。

どんなところにも、伝道のチャンスはあります。先に見たように、パウロは獄中生活をしていました。不自由の極みです。しかし、だから伝道できないとは考えませんでした。伝道が神さまがすべてのクリスチャンに与えた使命だとすれば、どんな状況におかれても必ず伝道のチャンスは来ると考えました。

できないと考える人はできない理由を考えますが、できると考える人はどうやったらできるかと考えます。

私は、自分が引っ込み思案で口べただから伝道できないと考えていました。しかし、引っ込み思案でもできる方法、引っ込み思案だからできる方法が必ずあると信じて探してみると、実際にあったのです(たとえば、こうしてネットを使って伝道する方法です)。

祈りによって伝道を始める

このような伝道を実践するためには、祈りが必要です。およそ神の働きは、祈りなくしては成功しません。だからパウロは祈って欲しいと教会の人たちにリクエストしました。もちろん、自分自身でも祈っていました(たとえばローマ1:9-15)。

あなたも、機会が与えられるように、そしてしっかりと伝えることができるように、自分のために祈り、備えましょう。
  • 心の奥底で神さまの救いを求めている人を、神さまが自分と出会わせてくださるように。
  • 自然に福音の話ができるような状況を整えてくださるように。
  • どのように切り出し、何をどのような順番で説明したらいいか、知恵を与えてくださるように。
  • 聞いたその人が福音に興味を持ち、もっと知りたい、さらには自分も信じたいという飢え渇きを抱くように。
  • その人が、イエス・キリストを救い主として信じることができるように。
そう祈りましょう。

また、家族や友人など、具体的な名前を挙げて、その人たちの救いを願い求めると共に、その人たちの救いのプロセスで、神さまがこの自分を用いてくださるようにと祈りましょう。

私のためにも祈ってください。福音を語るチャンスが与えられるように、そしてチャンスが来た時に、大胆に、そして分かりやすく、心を揺さぶるように語ることができるように。

また、知り合いの伝道者のためにも祈りましょう。名前も知らないけれど、今も全世界で活動している伝道者のためにも祈りましょう。

そして、教会のお互いのためにも祈りましょう。生活の中で、

まとめ

私たちが、福音をできるだけたくさんの人々に届けられるように、互いに祈り合いましょう。

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