勝利の宣言

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第1ペテロ3章18節〜4章6節

(2013.9.29)

参考資料

「バプテスマ」=洗礼。

聖書からのメッセージ

イントロ

最近、死後にも救いのチャンスが与えられるという「セカンドチャンス」の教えが、世界のキリスト教会の中に起こっています。その根拠の一つとして挙げられるのが今日の箇所(3:19や4:6)です。では、実際には、この箇所は何を教えているのでしょうか。

1.捕らわれの霊たちへの宣言

捕らわれの霊たちとは

セカンドチャンス論では、3:19の「捕らわれの霊たち」とは、神さまを信じないで死に、苦しみの場所に捕えられている霊のことだと解釈します。そして、イエスさまはその人たちに宣教され、もう一度救われるチャンスをお与えになったというわけです。

仮にそうだとしても、20節を読むと、この捕らわれの霊はノアの時代に従わなかった霊たちのことだと言われています。ですから、この箇所を用いて、すべての人にセカンドチャンスが与えられると解釈するのは無理があります。

では、そもそもノアの時代に従わなかった霊たちとは、誰のことを指しているのでしょうか。一つの有力な解釈は、ノアとその家族以外の、神さまを信じなかった人たちのことです。そして、ここではもう一つの有力な解釈を紹介しましょう。それは、ノアの時代に地上で活動した、特定の悪霊たちです。

ノアの洪水の原因

神の子らと人の娘たちの結婚
創世記6:1-4には、ノアの洪水の原因になったと考えられる事件が紹介されています。

「さて、人が地上にふえ始め、彼らに娘たちが生まれたとき、神の子らは、人の娘たちが、いかにも美しいのを見て、その中から好きな者を選んで、自分たちの妻とした。そこで、【主】は、「わたしの霊は、永久には人のうちにとどまらないであろう。それは人が肉にすぎないからだ。それで人の齢は、百二十年にしよう」と仰せられた。神の子らが、人の娘たちのところに入り、彼らに子どもができたころ、またその後にも、ネフィリムが地上にいた。これらは、昔の勇士であり、名のある者たちであった」。

「神の子ら」が人の娘と結婚し、どうやらその結果として、ネフィリムという非常に能力の高い者たちが地上に生まれました。そして、この後の5-7節を読むと、神さまは大洪水を起こして、いったん地上の人々を一掃することを決意なさったということが書かれています。

「神の子」という表現は、旧約聖書では天使(御使い)を指します(ヨブ1:6など)。天使には、神さまに従う、普通私たちが考える天使と、サタンに従って神さまに逆らった堕天使、いわゆる悪霊とがいます。神の子らと人の娘が結婚して、この後さばきを招いたということを考えると、ここでは悪霊を指すと考えるのが自然です。
ユダの手紙
また、ユダ6-7にこのように書かれています。「また、主は、自分の領域を守らず、自分のおるべき所を捨てた御使いたちを、大いなる日のさばきのために、永遠の束縛をもって、暗やみの下に閉じ込められました。また、ソドム、ゴモラおよび周囲の町々も彼らと同じように、好色にふけり、不自然な肉欲を追い求めたので、永遠の火の刑罰を受けて、みせしめにされています」。

ここに出てくる閉じ込められた御使い(悪霊)たちは、ソドムやゴモラの人々と同じように好色にふけり、不自然な肉欲を追い求めたと書かれています。これも、創世記6章の神の子らが悪霊であって、人間の女性と雑婚したという解釈を支持します。

なぜ悪霊が人の娘と結婚したのか

では、ノアの時代に人の娘たちと結婚した「神の子ら」は、なぜそのようなことをしたのでしょうか。それはサタンの策略です。

アダムが罪を犯して堕落したとき、神さまはやがて救い主が現れて、サタンを滅ぼすと預言なさいました。「わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく」(創世記3:15)

サタンは、救い主が現れたら大変なことになるということを理解しました。ですから、女から救い主が生まれないように、様々な工作を行ないました。その一つが創世記6章の事件です。

ここでサタンは、人間の血統を汚そうと考えました。そして、悪霊たちを遣わして人間の女性と交わらせ、ネフィリムという人間よりも能力のある存在を生み出して地上に広がらせ、結果として人間の子どもが生まれないようにすることを目論んだわけです。それが危うく成功しかけたため、神さまが介入して大洪水を起こし、いったん地上をリセットしなければならなくなりました。

そして、この時に人間の女性と結婚した特定の悪霊たちは、捕えられて特別な場所に幽閉されました。その場所はギリシャ語でタータラスと呼ばれています(第2ペテロ2:4「暗闇の穴」)。そして、タータラスは地の底にある「黄泉」(ヘブル語でシオール、ギリシャ語でゲヘナ)という場所の中にあります。詳しくはこちらをご覧ください

みことばを宣べられた

さて、19節の「みことばを宣べられた」という言葉を、セカンドチャンス論では、「伝道した」「福音を宣べ伝えた」という意味に解釈します。しかし、この言葉にはそういうニュアンスはありません。何かを宣言したという程度の意味です。では、イエスさまは誰に何を宣言なさったのでしょう。

イエスさまは、十字架にかかって復活なさるまでの間、黄泉に下られました。黄泉の中の慰めの場所、ルカ16章に出てくる「アブラハムのふところ」です。そして、そこから近くにあるタータラスにいる、ノアの時代に捕えられたあの悪霊たちに、勝利宣言をなさいました。

すなわち、こういうことです。
  • サタンは、救い主が登場して自分を滅ぼし、人類の罪を取り除くことを何とか妨害しようとしました。その一つが、悪霊と人の娘たちの結婚です。その結果、ネフィリムが誕生し、このままでは人間の子どもが生まれなくなり、救い主も誕生できなくなる恐れがありました。
  • 神さまは大洪水を起こし、神さまを信じない人々やネフィリムたちを全滅させ、神さまに信頼したノア一家から新たに人類の歴史をスタートなさいました。そして、人の娘たちと結婚した悪霊たちを、タータラスに閉じ込めてしまいました。
  • その後もサタンの妨害工作は続きましたが、それでもイエスさまは救い主として誕生し、十字架にかかって罪の赦しを人類にもたらしてくださいました。
  • イエスさまは、死んだ後に黄泉に下り、タータラスに閉じ込められた特定の悪霊たちに向かってで、サタンの目論見が徒労に終わったという事実を、突きつけました。
  • その後、イエスさまは復活なさいました
神さまの救いの計画は、サタンや悪霊たちでさえも妨害することはできません。イエスさまは、そのことを高らかに宣言なさいました。あなたは、そういう救いの計画の元で救われ、神さまの子どもにしていただいたのです。 次は、その点をさらに深く学びましょう。

2.救いは確かである

セカンドチャンスはない

セカンドチャンスはありません。4:6には「というのは、死んだ人々にも福音が宣べ伝えられていたのですが、それはその人々が肉体においては人間としてさばきを受けるが、霊においては神によって生きるためでした」と書かれていますが、これはは死後にセカンドチャンスが与えられて救われた人のことを指しているのではなく、生きているうちに福音を信じて、それから亡くなった人のことです。

私たちが救いを受け取るかどうかは、この地上での選択にかかっています。神さまの一方的な愛と恵みを受け取って、イエスさまを救い主として信頼するか、それとも拒否するかは、今この時にしなければなりません。

セカンドチャンス論は、伝道に対する熱意を削いでしまいます。チャンスはこの地上にしかないからこそ、代々のクリスチャンたちは熱心に世界中に福音を宣べ伝えてきたのです。

福音を聞かないで死んだ人は?

ところで、福音(イエスさまが私たちの罪のために死なれ、復活されたこと。第1コリント15:1-8)を聞かないで死んだ人もさばかれるのかという質問をよく受けます。もちろん、神さまは公正な方ですから、聞かなかったことを信じなかったという理由でさばきをしたりなさいません。

福音を聞かされなかったとしても、人は創造主の存在とそのご性質を、被造物を通して知ることができます。ですから、それを信じたかどうかでさばかれることになります(ローマ1:20)。

福音を聞かなければ福音を信じようがないということは、神さまご自身がよく分かっておられます(ローマ10:14-15)。もしも、福音は聞いたことがないけれど、聖書が教えているような創造主を信じる人がいたとしたら、神さまはどのような方法を用いてでもその人に福音を知らせることでしょう。

また、生前信仰告白をしておらず、洗礼も受けていない人が亡くなったとして、その人が必ず地獄行きだとは言えません。亡くなる直前に、かつて聞いたことのある福音を信じたかもしれないし、神さまが天使を遣わすなどして最後の決断のチャンスをお与えになったかもしれないからです。

一般論としては、福音を信じなければ救われませんが、個別のケースでは「あの人は救われないで死んだから、永遠のさばきを受けるはずだ」と言ってはいけません。一方、福音を信じた人が亡くなった場合には、個別のケースにおいても「あの人は今天国にいる」と100%確信を持つことができます。

神さまの熱心

この箇所から、私たちは神さまの熱心さを知らなければなりません。神さまは、何としても私たちを救いたいと熱望してくださいました。

どんなにサタンが妨害しようとしても、神さまはそれをことごとくはねのけて、ついに救い主をこの地上に送り出してくださいました。すると今度は、サタンは十字架以外の方法でイエスさまが死ぬようにあれこれ手を尽くしましたが、イエスさまは神さまの計画通り、十字架にかかって死なれました。そして、3日目に復活し、今天で私たちのために取りなしをしてくださっています。

福音を聞かないで死んだ人についての議論でも、神さまのことをさばきの大好きな残酷な方だというイメージを前提として議論するのではなく、確かに義なるお方だから罪を許容することはできないけれど、同時に人が救われることを熱心に追い求めておられる愛と恵みに満ちた方でもあるということを前提として議論しなければなりません

どんな妨害が起ころうとも、誰も神さまがあなたに差し出した救いを取り除くことはできません。救いがあなたに届かないようにできるのは、あなたが「信じない」と拒否したときだけです。そして、いったんあなたがイエスさまを信じて救いを手にしたならば、誰もそれを取り除くことはできません。

あなたは神さまに守られ、祝福の中できよめられて人生が造り変えられ、永遠の世界で考えられないような祝福をいただくのです。

それを信じますか?

まとめ

イエス・キリストの救いの確かなことを確信しましょう。

あなた自身への適用のためのディスカッションガイド


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