きょうは神聖な日だから

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ネヘミヤ記8章1〜12節

(2013.11.3)

参考資料

「第7の月」(2節)は、太陽暦だと9〜10月頃。収穫の時期です。

「アーメン」(6節)は、ヘブル語で「その通り」「真実です」という意味。

「レビ人」(7節)は、イスラエル12部族の一つであるレビ族の人たち。神殿で働く使命を与えられていました。

紀元前586年、バビロンによってエルサレムが破壊され、多くのユダヤ人がバビロンの都に連れて行かれました(バビロン捕囚)。しかし、前538年、ペルシャ帝国がバビロンを滅ぼし、ユダヤ人を解放しました。そして、多くのユダヤ人がイスラエルに帰還しましたが、ペルシャに留まったユダヤ人もいました。

それから約100年後、紀元前445年、ペルシャ王の側近であったユダヤ人ネヘミヤは、エルサレムの城壁が壊されたままであることを知り、王に願い出てこれを修復する許可を得ました。そして、周辺民族の妨害に遭いながらも、52日間という短期間に工事を完成させました。

いったん群衆が解散した後(これまで城壁がなかったので、エルサレムにはまだあまり人が住んでいなかったのです)、第7の月が近づくと、人々が続々とエルサレムに集まってきました。

聖書からのメッセージ

イントロ

今日、私たちは講演を聴きに来たのでも、コンサートに参加するために来たのでもありません。礼拝のために集まっています。礼拝とは何でしょうか。ネヘミヤは「きょうは神聖な日だから」と語っていますが、礼拝とはどんな日なのでしょうか。

1.集まる日

定期的に集まる

ネヘミヤ時代のユダヤ人たちは、礼拝を捧げるために集まってきました。

ヘブル10:25にはこのように書かれています。「ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか」。この命令は、神を信じる者たちが、定期的に集まるべきだということを教えています。

病気などやむを得ない事情がある場合を除いて、多くのクリスチャンたちは、互いに集まって礼拝を捧げようとします。国によっては、集まったために捕まったり殺されたりすることもあります(今でもあります)。しかし、かえってクリスチャンたちは熱心に集まりを持とうとします。

なぜそんなに集まることにこだわるのでしょうか。家で一人で聖書を読んでお祈りをして、ではいけないのでしょうか。今の時代、ネットでいくらでも有名な牧師のメッセージを聞いたり読んだりすることができます。ほら、こんなふうに(別に私は有名じゃありませんが)。

神の働き方

神さまは、個人ではなく「人々」を通して働こうとなさいます。それは、人間が崇拝されることを避けるためです。そして、神さまは私たちすべての子どもたちを愛しておられるので、全員と一緒に働きたい、全員と充実した時間や達成の喜びを共有したいと思っておられるからです。

たとえば、私のつたない言葉を通して、人が救いに導かれることがあります。しかし、それは私一人の功績ではありません。その時までにいろいろと福音的な文書をプレゼントしてくださったり、普段から行ないによって信仰を目に見える形で示してくださったり、背後で熱心に祈ってくださったりする、そういう方々がいてくださるお陰です。それから、何千年も前から信仰を守り、次の世代にそれをバトンタッチしてくださった、たくさんの名もなき信仰者たちがあり、また聖書を日本語に翻訳して私たちの手元に届けてくださった名もなき翻訳者たちもいます。救いは、決して伝道者一人だけのわざではありません。

どうして一致できるのか

しかし、クリスチャンといえども、一人一人はイデオロギーも趣味も好みも考え方もばらばらです。どうして、そのようなばらばらな個人が一つになることができるのでしょうか。

クリスチャンは、同じお方に信頼し、同じお方を愛し、同じお方を父と呼んで慕い、同じお方を賛美し、同じお方を主と呼んで仕えています。私たちが共に集まり、共に賛美したり祈ったりする時、私たちは同じ神の家族の一員だということを確認することができます。

こうして、私たちは心を一つにします。そして、イエスさまのみこころを、協力して行なおうという気運が高まります。そうすると、一人一人がばらばらに何かをするよりも、はるかに大きな働きをすることができるようになるのです。

2.悲しむ日

心が突き刺される経験

礼拝式の中で、聖書の言葉やメッセージが心に突き刺さる時がありませんか? 自分があるべき姿にないことが示されたり、間違った方向に進んでいることが分かって、ずきずき、ちくちくと心がうずくこと、ありませんか?

今回の箇所で、ユダヤの人々は泣いていました。それは聖書のことばを聞いたからです。先祖や自分たちが、いかに神さまのみこころから外れた生き方をしていたか、どれだけ神さまをがっかりさせ、悲しませてきたのかということを知って、それが悲しくてたまらなかったからです。

方向転換の涙

しかし、ユダヤ人たちの涙は、単に自分を責めるためだけの涙ではありませんでした。それは、新しい生き方を決意するための涙でもありました。

「自分を責めている人は、変わるつもりがない」という言葉があります。きつい言葉ですが、真実かも知れません。どんなにダメな自分であったとしても、それを責めているだけ、嘆いているだけでは何も変わりません。そのダメな自分は自分として、さてこれからどういう生き方をしようか。それを考え、決断し、実行していかなければなりませんね。

ユダヤ人たちは、確かに間違った生き方をしていました。それを示されて心を刺され、自分を責めて泣きました。しかし、それだけではなく、これからは聖書の教えに従って生きていこうと決意しました。

いくら自分の足りないところを責めたとしても、聖書はそれを悔い改めとは呼びません。悔い改めは「方向転換」です。神さまが関心を持っておられるのは、私たちが自分の本当の姿を知って、落ち込んだり悲しんだりすることそのものではなく、その結果として、神さまの語りかけに応答するようになることです。

神の語りかけと私たちの応答

多くの教会の礼拝プログラムは、「神さまからの語りかけと、それに対する私たちの応答」という構造を意識して組み立てられています。うちのように、きっちりとした式次第がない教会でもです。

神さまからの語りかけを受け止め、それに応答していくこと。これが礼拝です。
  • たとえば罪を示されたとしましょう。応答とは、その罪を捨て去る決心をし、新しい生き方をしようと決心し、そうする力を神さまに求めることです。
  • たとえば救いの道が示されたなら、それを受け取ることが応答です。
  • たとえば約束が示されたなら、それを信じて希望を持つことが応答です。
礼拝式は、司会者や奏楽者や説教者など、奉仕者だけが作り上げるものではありません。応答する会衆がいて、初めて成立するものです。礼拝にお客さんはいません。すべての参加者が礼拝の主役です。

あなたは今日、聖霊なる神さまからどんな語りかけを受けていますか? そして、それに対してどんな応答をなさいますか?

3.喜ぶ日

第7の月

ネヘミヤは、自分たちの罪を示されて悲しんでいた民に、「喜べ」と言いました。何を喜べというのでしょうか。

レビ記によると、第7の月には2つの祭りが行なわれます。
  • 10日は「贖罪の日」。
    大祭司が年にたった一度だけ神殿の至聖所に入り、全国民の罪を代表して悔い改め、神さまからの赦しを受け取る日です。
  • 15日から1週間は「仮庵の祭り」。
    期間中、家族でテント暮らしをするという変わった祭りです。モーセの時代、神さまがエジプトで奴隷状態にあったイスラエルを解放し、荒野でも守り導き、約束通り「乳と蜜の流れる地」(牧畜や農業に適した豊かな土地)へと導き入れてくださいました。この祭りはそれを記念しています。
要するに、第7の月というのは、神さまによって自分たちの罪が赦され、救われ、ものすごい祝福をいただいてきたし、これからもいただくのだということを、ユダヤ人が確認して大いに喜ぶ月なのですね。

人々は喜んだ

そこでネヘミヤは、民に「喜べ」と言いました。「あなた方や私の罪はもう赦されている。神さまは私たちを愛しておられる。そして、私たちを祝福するという約束は、決して取り消しになったりしない。神さまは、私たちを大いに祝福してくださるのだ。だから喜ぼう!」と。

人々は喜びました。ごちそうまで作って喜びました。それは「彼らが教えられたことを理解したから」(12節)です。すなわち、神さまの圧倒的な愛を信じたからです。

喜びを持ち帰った

人々は、喜びを自分の家に持ち帰りました。そして、家族で喜びを分かち合いました。そして、家族以外の人とも喜びました。貧しくてごちそうを用意できない人の分も用意してあげて、喜びの輪に加えたのです。

礼拝で味わった喜びを、仲間内で分かち合うと、それは「交わり」と呼ばれます。

そして、喜びを外の人たちに伝えれば、それは「伝道」と呼ばれます。クリスチャンの様々な活動の、扇の要に当たるのが礼拝です。

あなたも、礼拝式で得た喜びや感動を、単に教会堂の中だけで消化してしまうのではなく、あなたの家や地域に持ち帰りましょう。その時、人々はあなたの喜びの秘密を知りたくなって、又一人礼拝の場に加わる人が生まれるでしょう。

まとめ

礼拝の意味を考えながら礼拝式に出席しましょう。

あなた自身への適用のためのディスカッションガイド

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