悪霊との戦い

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コリント人への第一の手紙10章14〜33節

(2014.5.25)

参考資料

16-17節は、クリスチャンの聖餐式についてです。教会のメンバーが聖餐のパンとぶどう酒を共にいただく時、十字架にかかってくださったイエスさまとの霊的なつながりが深められます。

18節は、イスラエルの礼拝で行なわれた動物犠牲についてです。礼拝者が供え物を食べる時、祭壇を通して(すなわち、犠牲をささげたことによって)神さまとの親しい交わりが許可されました。

聖書からのメッセージ

イントロ

後半の23節以降は、偶像にささげた肉の問題に関するまとめです。その前の14-22節は、この問題をこれまでとはまた違う側面から取り扱っています。それは、悪霊に警戒するようにという教えです。

1.悪霊の存在

聖餐式と犠牲の例話

16-18節で、パウロはクリスチャンの聖餐式や、イスラエルが礼拝の際に犠牲としてささげた動物の肉を食べたことについて触れています。これらは、「参考資料」のところで解説したように、食べることと、イエスさまや父なる神さまとの霊的な一体化、あるいは交わりとが深く関係しているということを示すために語られました。

異教の祭儀における会食

では、異教の祭りや儀式において行なわれる会食はどうでしょうか。すでに8:4で述べたように、聖書の神さま以外に神は存在しません。「そういうわけで、偶像にささげた肉を食べることについてですが、私たちは、世の偶像の神は実際にはないものであること、また、唯一の神以外には神は存在しないことを知っています」

19節でも、「私は何を言おうとしているのでしょう。偶像の神にささげた肉に、何か意味があるとか、偶像の神に真実な意味があるとか、言おうとしているのでしょうか」とパウロは尋ねていますが、想定されている答えは「No」です。

ですから、異教の祭儀で行なわれる会食にクリスチャンが参加して、飲み食いしたからといって、聖餐式や旧約時代の礼拝のように、偶像の神とクリスチャンが交わることにはなりません。

しかし、異教の神々は存在しなくても、サタン(悪魔)やその配下である悪霊は確かに存在しています。そして、異教の祭りや儀式を用いて、人間を本当の神さまから引き離そうとしています。ですから、警戒していないと、いつの間にか私たちの心が悪霊たちの影響を受け、神さまから離れてしまうことになりかねません。

2.悪霊とは?

悪霊たちの正体

ここで悪霊たちの正体について述べましょう。サタンも悪霊たちも、元は神さまに仕える天使たちでした。特にサタンは天使たちのリーダー格であり、アダムが造られる前の地上の管理を任されるほどの立場でした。

「次のような【主】のことばが私にあった。 「人の子よ。ツロの王について哀歌を唱えて、彼に言え。神である主はこう仰せられる。あなたは全きものの典型であった。知恵に満ち、美の極みであった。 あなたは神の園、エデンにいて、あらゆる宝石があなたをおおっていた。赤めのう、トパーズ、ダイヤモンド、緑柱石、しまめのう、碧玉、サファイヤ、トルコ玉、エメラルド。あなたのタンバリンと笛とは金で作られ、これらはあなたが造られた日に整えられていた。 わたしはあなたを油そそがれた守護者ケルブとともに、神の聖なる山に置いた。あなたは火の石の間を歩いていた。あなたの行いは、あなたが造られた日からあなたに不正が見いだされるまでは、完全だった」(エゼキエル28:11-15)

悪霊たちの反逆

ところが、サタンは傲慢になり、神さまを乗り越えて自分が神になろうとして反逆しました。

「あなたは心の中で言った。『私は天に上ろう。神の星々のはるか上に私の王座を上げ、北の果てにある会合の山にすわろう。密雲の頂に上り、いと高き方のようになろう』」(イザヤ14:13-14)

そして、神さまに反逆したサタンに、全天使の三分の一が付き従います。彼らが現在「悪霊」と呼ばれている存在です。

「また、別のしるしが天に現れた。見よ。大きな赤い竜である。七つの頭と十本の角とを持ち、その頭には七つの冠をかぶっていた。その尾は、天の星の三分の一を引き寄せると、それらを地上に投げた」(黙示録12:3-4)

サタンや悪霊たちの起源については、こちらのページもご覧ください。

悪霊たちの目的

こうして現在に至るまで、サタンと悪霊たちは神さまに逆らい続けています。そして、神さまが愛するこの世界、特に人間を神さまから引き離し、滅ぼそうと躍起になっています。

悪霊たちは元は天使ですから、、私たち人間よりは強く、賢い存在です。ですから、騙されたり、足下をすくわれたりしないように、いつも警戒しておく必要があるのです。

特にパウロは、異教の神々は存在しないけれど、異教の祭りや儀式の場には、悪霊たちが特に強く働いているのだから、警戒しないで参加するようなことをしてはいけないと警告しているのです。

3.悪霊たちへの対処

特に必要が無ければ距離を取る

特に必要が無いなら、わざわざ異教の祭りや儀式に関わることは避けた方がいいでしょう。

赤ちゃんは、免疫力がついて、ばい菌などから身を守ることができるようになるまで、お母さんのおなかの中で育ち、この世から隔離されてます。そして、成長して免疫力が高まっても、特に必要も無いのにインフルエンザの患者さんたちがたくさんいる場所に出かけるような真似はしませんね。

これは、異教の祭りや儀式に限ったことではありません。誘惑を与えるものがあるのなら、必要も無いのにわざわざそこに近づいてはいけません。以前、ポルノビデオをつい観てしまうという青年と話をしたことがあります。もう絶対に観ないぞと心に決めても、ビデオ店の前を通るとふらふらと入ってしまうというのです。ですから申し上げました。「その道を通るのをやめなさい」と。

占いなども注意が必要です。特に日本では、遊び感覚で占いとかお守りとかまじないとかが用いられています。血液型性格分類も占いの一種ですが、非常にはやっていますね。しかし、人はレッテルを貼られると、そのレッテルに縛られ、レッテル通りに生きようとする性質を持っています。悪霊はそういうものを使って、人の心を縛り、自由を奪っていくのです。遊びだからと油断して手を出したりしてはいけません。

祈ってから出かける

しかし、葬儀など、どうしても出席しなければならないような場合もあるでしょう。そんなときは、よくよく祈ってから出かけることです。
  • 私たちが、悪霊の悪巧みを賢く見抜き、正しく対処することができるよう、神さまが守り、導いてくださるように。
  • 神さまの助けにより、イエスさまのすばらしさを証しする機会が与えられて、かえって悪霊たちに勝利することができるように。
悪霊は私たちよりも賢く強いですが、聖霊さまの方がはるかに強く賢くていらっしゃるのですから。

他のクリスチャンが一緒に参加することが分かっていれば、共に祈り、それぞれどのように振る舞うかを話し合っておくというのは有効です(相手につまずきを与える恐れをなくす効果もあります)。

まとめ

サタンや悪霊たちについては、イエスさまよりも関心を持ちすぎて、必要以上に恐れてはなりませんが、一切その存在を無視するのも危険です。この世に生きる限り、私たちは悪霊たちの攻撃にさらされています。私たちの心が聖書の神さまから離れないよう、あるいはサタンと同じように傲慢にならないよう、いつも自分の行動や心をチェックし、いつも誘惑を警戒し、いつも祈りましょう。

むしろ、パウロが勧めているように、「こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい」(31節)

私たちが、一瞬一瞬悪霊に勝利し、クリスチャンとして成長して、ますますこの地上でイエスさまのすばらしさを現すことができますように。

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