聖霊の賜物

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コリント人への第一の手紙12章1〜31節

(2014.6.22)

参考資料

「聖霊の賜物」とは、聖霊なる神さまがクリスチャンにお与えになる、特別な奉仕の能力です。いやしなど、超自然的な能力の場合もあれば、慈善や芸術など、元々持っていた能力に磨きがかかる場合もあります。

聖書からのメッセージ

イントロ

今回は、「聖霊の賜物」について学びましょう。

1.聖霊の賜物とは

賜物のリスト

聖霊さまがクリスチャンに与えてくださる特別な能力、聖霊の賜物には、様々な種類があるとパウロは語っています。聖書の中からその一部を見ていきましょう。

まず第1コリント12:8-10。「ある人には御霊によって知恵のことばが与えられ、ほかの人には同じ御霊にかなう知識のことばが与えられ、またある人には同じ御霊による信仰が与えられ、ある人には同一の御霊によって、いやしの賜物が与えられ、ある人には奇蹟を行う力、ある人には預言、ある人には霊を見分ける力、ある人には異言、ある人には異言を解き明かす力が与えられています」

それからローマ12:6-8。「私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので、もしそれが預言であれば、その信仰に応じて預言しなさい。奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教えなさい。勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行う人は喜んでそれをしなさい」

第1コリント12:28。「そして、神は教会の中で人々を次のように任命されました。すなわち、第一に使徒、次に預言者、次に教師、それから奇蹟を行う者、それからいやしの賜物を持つ者、助ける者、治める者、異言を語る者などです」

エペソ4:11。「こうして、キリストご自身が、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を伝道者、ある人を牧師また教師として、お立てになったのです」

出エジプト31:2-6。「見よ。わたしは、ユダ部族のフルの子であるウリの子ベツァルエルを名ざして召し、彼に知恵と英知と知識とあらゆる仕事において、神の霊を満たした。それは、彼が、金や銀や青銅の細工を巧みに設計し、はめ込みの宝石を彫り、木を彫刻し、あらゆる仕事をするためである。見よ。わたしは、ダン部族のアヒサマクの子オホリアブを、彼のもとに任命した。わたしはすべて心に知恵のある者に知恵を授けた。彼らはわたしがあなたに命じたものを、ことごとく作る」

他に、ダビデは竪琴を弾くことができましたが、彼の竪琴の音色は、わざわいの霊に苦しめられていたサウル王の心を静める力がありました(第2サムエル16:23)。これもまた、聖霊さまがくださった音楽の賜物でしょう。

他にも、独身は、神さまに選ばれた人に与えられた賜物だととらえることができます(第1コリント7章)。

賜物の内容

それぞれの賜物の内容について簡単に解説します。

 聖霊の賜物 内容 
知恵の言葉  特定の状況で、適切なアドバイスをして解決をもたらす能力。
知識の言葉 通常では知り得ないような情報を神さまから教えられて、それを語る能力。
いやし 通常の医療や自然治癒力によらずに、病気や怪我や障害を治す能力。
奇跡を行なう力 超自然的な出来事を引き起こす能力。
預言 神さまから個人や組織に対する励まし、慰め、警告などの語りかけを直接聞き取り、それを人々が理解できる言葉で伝える能力。
霊を見分ける力 ある個人や組織の働きが、聖霊によるのか悪霊によるのかを見分ける能力。
異言 習ったことのない言葉で祈ったり賛美したりする能力。
異言を解き明かす力 異言を、一般の人が分かる言葉に翻訳する能力。異言は祈りや賛美のための言葉だが、解き明かされると預言と同じ働きをする。
奉仕 他の人を助けたり、神さまに仕えたりするための、様々な活動をする能力。
教える人 聖書の教えを、分かりやすく他の人に伝えて理解させる能力。
勧めをする人 具体的な生活について指導する能力。
分け与える人 自分の財産の多くを、他の人が行なう奉仕の働きを支えるため、あるいは困窮している人のために捧げる能力。
指導する人 リーダーとして教会や奉仕チームを、あるべき方向に導く能力。
事前を行う人 困っている人を具体的に助ける能力。
使徒 キリスト昇天後、教理を確立して全教会を導く能力で、聖書が確立した現在はもう存在しない(ただし、広い地域にまたがって、多くの教会を指導する能力ととらえれば現在も存在する)。
助ける人 他の人の奉仕を手伝い、より効果が上がるようにサポートする能力。
治める人 教会や奉仕チームが組織として有機的に活動できるように配慮する能力。
伝道者 未信者に効果的にキリストを伝えて救いに導く能力。
牧師 人が霊的に成長し続け、キリストの似姿に変えられるよう、長期にわたって指導したり励ましたりする能力(職業・立場としての牧師という意味ではない)。
芸術 音楽や美術、工芸など、芸術的な活動を通して、神さまのすばらしさを伝える能力。
独身 喜んで独身でいることができる能力(他の賜物と組み合わさって力を発揮する。配偶者や子どもの心配をしなくて済むため、神さまの働きに多くをささげることができる)。

聖書中に解説がない場合には、教会の歴史の中でどのように解釈されてきたのか、どのような現象が起こってきたかということを参考にしました。

牧師や学者によっては違う解説をする場合もありますが(たとえば、知識の言葉など)、重要なことはそれぞれの言葉の意味を確定することではなく、「聖霊さまは、教会の中で様々な奇跡や働きをさせてくださっている」ということです。

2.賜物が与えられる目的

他の人に仕えるため

これらの特別な能力は、どうして与えられるのでしょうか。7節には、クリスチャンに聖霊の賜物が与えられる目的が書かれています。それは、「みなの益となるため」です。

すなわち、様々な奉仕、働きを通して、教会の中の人たちや教会の外の人たちを愛し、助け、慰め、励まし、イエスさまへと導き、きよめ、成長させ、神さまが用意してくださっている本当の幸せを味わうことができるようにするためです。

パウロがここで賜物の話を出したのは、賜物についての無理解が、コリント教会に問題を引き起こしていたからです。
  • 問題の一つは、賜物の用い方を誤って集会が大混乱に陥っていたことです(これについては13-14章で取り扱います)。
  • もう一つは、特定の賜物を与えられている人たちを重んじ、他の人たちを軽んじる差別や分派の問題があったことです。
今回の箇所で、パウロは「賜物は聖霊さまによって与えられているものである」ということを何度も強調しています。もし賜物が、自分自身の努力によって手に入れたものだったら誇ることもできるでしょう。しかし、賜物は文字通り聖霊さまからの一方的なプレゼントなのですから、自分に賜物が与えられていることを人間が誇ることは許されません。

聖霊さまの働きなしには、誰一人イエス・キリストを信じることができないのですから(3節)、奇跡系の賜物(非常に目立ちますね)が与えられていようといまいと、みんな聖霊さまの働きの内にいます。ある特定の賜物、奇跡系の賜物が与えられているからといって、その人が格別優れたクリスチャンだということにはなりませんし、目立たない賜物だからといって劣っているわけでも、神さまにそれほど重んじられていないということにもなりません。むしろパウロは、目立たない賜物を発揮して仕えている人こそ、かえって注目されるべきだと語っています(23節)。

賜物は他の人に仕えるために与えられたのですから、決して傲慢になったり、目立つ働きをしている人ばかりをヒーロー扱いしたりしてはいけません。私たちは神さまと人とに仕えるしもべだということを忘れずにいましょう。

クリスチャンの使命を果たすため

賜物は奉仕のために与えられると学びました。クリスチャンには、様々な使命が与えられています。そして、この地上で、様々な奉仕の働き、すなわち神さまと神さまが愛しておられる人々のために仕える働きをするように期待されています。

これは、賜物が与えられていようといまいと同じです。先ほど紹介した賜物のリストに挙げられていることは、すべてのクリスチャンに与えられている使命と関係しています。

たとえば、伝道者の賜物が与えられていようといまいと、私たちクリスチャンは、他の人に対してイエスさまを証しし、伝道しなければなりません。ただ、伝道者の賜物が与えられている人は、与えられていない人と比べると、未信者がすぐその場でイエスさまを信じる頻度が高いでしょう。

私たちは、賜物のあるなしに関わらず、病気の人がいれば神さまに祈ります。その祈りが答えられて、奇跡的ないやしが起こることがあります。しかし、いやしの賜物が与えられる人が祈ると、より高い確率ですぐその場でのいやしが行われるでしょう。

私たちは、預言の賜物が与えられていなくても、聖書を通して語られている神さまのみこころを、他の人に向かって語ります。しかし、預言の賜物が与えられている人は、より具体的な状況に合わせて、よりクリアに、神さまのみこころを語ることができます。

同様に私たちは、賜物のあるなしに関わらず、傷つき沈んでいる人がいれば、慰めの言葉、励ましの言葉をかけます。分け与える賜物や慈善の賜物がなくても、献金をしたり、困っている人のためにお金や体力や時間を捧げたりします。音楽の賜物がなくても神さまをほめたたえます。そして、賜物が与えられている人は、それをより効果的に、より大規模に、あるいはより質的に深く行なうことが可能です。

その道のエキスパートになるため

聖霊の賜物とは、クリスチャンに与えられている様々な神さまの働き(ミニストリー)のうち、一つ、あるいはいくつかを、より効果的に行なうことができるように与えられるものです。すなわち、聖霊の賜物は、あなたをその道のエキスパートにするために与えられます。

私たちクリスチャンは、みんなミニストリーをする者たちです。賜物がないからとか、自分に与えられている賜物が分からないからとかいうのが、伝道しない言い訳、いやしを祈らない言い訳、慈善のわざを行なわない言い訳にならないようにしましょう。

賜物のリストを眺めてみてください。これらはすべてあなたがこの地上でしなければならないことと関係しています。

この中で、あなたが得意なものは何ですか? あるいは、それをやっているととても充実すると感じるものは何ですか? それを是非しなければという思いにさせられるのは何ですか? それは聖霊の賜物と関係していると考えられます。それをさらにさらに神さまが磨いてくださり、豊かな実を結ばせてくださるよう祈りましょう。

そして、奉仕の場や機会を見つけてそれを使いましょう。自分に与えられている賜物がよく分からないという人は、とりあえず何でもやってみましょう。賜物は奉仕の能力なのですから、いろいろやってみて初めて自覚できるようになります。

まとめ

聖霊なる神さまと共に、神さまと人とにお仕えしましょう。

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