パウロは嘘つき?

トップページ聖書のメッセージ集2014年 > このページ


コリント人への第二の手紙1章12節〜2章4節

(2014.8.17)

参考資料

1:16のマケドニヤはギリシャの北半分を占める州。ピリピやテサロニケといった町に教会がありました。一方、コリントはギリシャの南半分であるアカヤ州にありました。

2:4の手紙は、第1と第2の手紙の間に書かれた現存していない手紙。「涙ながらの手紙」とか「涙の手紙」とか呼ばれています。コリント教会の問題について、相当厳しいことが書かれていたようです。この手紙はテトスが持って行きました。

1:17-18は、パウロが最初に立てたコリント訪問の計画は、実現してもしなくてもどちらでもいいというような、いい加減な気持ちで立てたものではない、という意味です。19-22節は、それが神さまの誠実さに倣ったものだと述べています。

聖書からのメッセージ

イントロ

私たちにはすべてのことが許されていますが、すべてが有益とは限りませんから、与えられた自由をどのように使うかが問われています(第1コリント10:23)。自由の人であるパウロの例から、私たちがどのように行動を選べば良いかを学びましょう。

1.パウロの計画変更

ここまでの出来事の流れ

コリント教会には様々な問題がありました(分派分裂、近親相姦、異端、差別、礼拝の混乱などなど。第1の手紙参照)。コリント教会の混乱を知ったパウロは、紀元55年頃エペソで第1の手紙を書きました。

しかし、それでも罪を悔い改めない人がいて(第1コリント5章の、父の妻を妻にした人?)、教会も相変わらずその人に対して何もしなかったため、パウロは直接コリントを訪問しました(2:1)。ところが、これもあまり効果がありませんでした。

エペソに戻ったパウロは、涙ながらに手紙を書きます(2:4。これは現存していません)。そして、それをテトスに託してコリントに向かわせました。

エペソでの伝道を終えたパウロは、トロアス(今のトルコの北西部にあった港町。エーゲ海に面しており、マケドニヤの対岸にあります)に向かい、そこで伝道しながらテトスを待ちましたが、会えなかったのでマケドニヤに渡りました(2:12-13。使徒20:1-2)。そして、ようやくテトスと会えて、良いニュースと悪いニュースを聞きます。
  • 良いニュースは、パウロの涙ながらの手紙とテトスの指導によって、教会はようやく反応し、罪を悔い改めない人を除名処分にしたということ(2:6)。
  • 悪いニュースは、パウロに対する批判もまた大きくなったということ。

計画の変更

批判の一つは、パウロがころころ計画を変えるということでした。
  1. 第1コリント16:1-9で、パウロは五旬節までエペソで伝道を続け、マケドニヤ経由でコリントに入り、できればそこでしばらく滞在し、場合によってはエルサレム教会への募金を持ってユダヤに向かうと書いています。
  2. ところが、上述の通り、エペソ伝道がまだ終わっていない段階で、いきなりコリントを電撃訪問します。
  3. それから、おそらく涙ながらの手紙の中で、エペソ伝道が終わった後の計画を述べ、直接コリントを訪問し、そこからマケドニヤに行き、またコリントに戻ってからユダヤに向かうと言いました(1:15-16)。
  4. しかし、エペソ伝道を終えたパウロは、コリントではなく、マケドニヤに渡りました。
そのため、なぜ約束通り直接来ないのか、自分たちを軽視しているのか、パウロは嘘つきだ、などという批判が起こりました。

計画変更の理由

パウロは、自分は神さまの誠実さに倣って誠実に行動しており、軽率さやいい加減な気持ちや悪意で計画を変更したのではないと述べています。むしろ、それはコリント教会のためを思っての変更でした。

前回の訪問のとき、またそれに続いて書かれた「涙ながらの手紙」で、パウロは相当厳しいことを言い、また罪を悔い改めようとしない人に対して厳正な処置をするよう命じて、教会員を悲しませたようです。

エペソを去る段階で、パウロはコリント教会の反応を知りませんでした。もし教会が正しく問題を処理する前にパウロが訪問すれば、再びパウロは厳しいことを言わねばなりませんし、今度は自らが処分を言い渡さねばならなくなります。そこで、パウロは、教会が自分たちで問題を正しく処置し、また問題を起こした人が悔い改めるまで待とうとしたのです。

2.私たちの行動を決めるもの

神の計画優先

パウロはいつも、知性を尽くして、何が最善なのかを考えて計画を立てていました。しかし、自分の計画と神さまの計画が対立するときには、常に神さまの計画を優先させようとしていました。

「私は、いま旅の途中に、あなたがたの顔を見たいと思っているのではありません。主がお許しになるなら、あなたがたのところにしばらく滞在したいと願っています」(第1コリント16:7)

そもそも、コリント教会が誕生したのも、パウロの計画変更のおかげです。パウロが第2回伝道旅行に出かけた当初、彼は小アジア(今のトルコ)で働こうと考えていたようです。しかし、神さまはパウロをヨーロッパへと導かれました。彼はその語りかけに忠実に従って計画を変更し、そのおかげでコリント教会が誕生したのです(使徒の働き16:6-10、18:1-11)。

神の計画を知る物差し

私たちは聖書や祈りを通して神のみこころを知ることができます。そして、別の物差しもあります。それは愛です。イエスさまはこうおっしゃいました。

「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ』。これがたいせつな第一の戒めです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです」(マタイ22:37-40)

神さまと人への愛。今の私やあなたの言動は、この物差しに沿っているでしょうか。

福音のため

愛とは甘やかすことではありません。イエス・キリストによって、人生が変えられ、永遠のいのちをしっかりと保つ方向に人を導くことです。この目的のために、パウロは時に厳しいことを言い、時に優しく忍耐をもってその人の成長を待ちました。

パウロは「私はすべてのことを福音のためにやっている」と語っています(第1コリント9:23)。新共同訳の聖書では「福音のためなら、わたしはどんなことでもします」となっています。パウロには、人々に福音が伝わり、それが実を結ぶためであれば、自分の気持ちや計画に反することでも、それを喜んで行なう用意があったのです。

ハワイのウエイン・コデイロ牧師は、15年ほど前、青年宣教大会の主講師として来日され、私たち夫婦も、教会を開拓するために須賀川に赴く直前でしたので、祝福を祈っていただいた思い出があります。

その青年宣教大会でのこと。2日目朝の集会で、コデイロ先生が会衆(千人以上いました)にこう尋ねました。「フルタイムの伝道者は手を挙げてください」。すると、ぱらぱらと数本の手が挙がりました。

「これでは日本の救いのためには少ないですねぇ。今度は皆さん全員で手を挙げてみましょう」。千本以上の手が挙がりました。「皆さん、これが答えです。もう一度聞きます。フルタイムの伝道者は手を挙げてください」。今度は千本以上の手が挙がりました。

コデイロ先生は、まだ釈然としていない人のためにこうおっしゃいました。「教師であれ、警官であれ、会社員であれ、牧師であれ、給料の経由点は違っても、源はみな同じ神さまです。私たちの給料は神さまから出ているのです」。

「それに、皆さんはパートタイムで救われたいですか? パートタイムで天国に入りたいですか? いいえ。神さまはフルタイムで私たちを愛してくださっています。だから、私たちもフルタイムで神さまに仕えるのです」。

さらにコデイロ先生はこう言いました。「神さまが警察官を救おうと思われたら、フルタイムの伝道者を警察官に変装させて警察署に送り込みます。警察官の気持ちを一番理解できるのは警察官だからです。同じように、教師を救おうと思われたら、フルタイムの伝道者を教師の姿で学校に送り込みます」。

そう。あなたも、フルタイムに神に愛された、フルタイムの神の働き人です。あなたはどんな地域に住み、どんな立場にいらっしゃいますか? あなたが最も神の愛を伝えやすいのはどんな人たちですか? あなたもフルタイムの伝道者であり、プロの牧師や宣教師では決してできない働きをすることができます。あなたならではの方法で、神さまの愛を人々に伝えましょう。

まとめ

神さまの計画がどこにあるかをいつも注意深く考え、行動を選択しましょう。

あなた自身への適用のためのディスカッションガイド


Copyright(c) 2014 Nakadoori Community Church All Rights Reserved.