しもべ聞きます、お語りください

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サムエル記3章1〜18節

(2014.11.30)

参考資料

3節の「神のともしび」は、会見の天幕(幕屋)の聖所の灯火のこと。出エジプト27:20-21によれば、夜の間中ともしておくことになっていました。

聖書からのメッセージ

イントロ

後の預言者サムエルに、初めて神さまが語られた場面です。今回の箇所は、私たちがクリスチャンとして、人として成長する上で大切なポイントを教えてくれています。

1.聞く祈りの大切さ

預言者の賜物

預言者とは、神さまのことばを直接聞き、それを人々に語る役割の人です。聖書の歴史を見ると、預言者がたくさん現れた時期と、そうでもない時期がありました。サムエルが生まれた頃には預言者はいるにはいましたが(2:27の「神の人」)、それほど頻繁に神さまからの語りかけがあったわけではなかったようです(1節)。

さて、現代はどうでしょうか。神さまが教会のクリスチャンに与えてくださる奉仕の能力(聖霊の賜物)のリストの中に、預言があります(たとえば第1コリント12章)。実際、現代にも預言者と呼ばれる人が現れることがありますし、礼拝の中などで預言をする教会もあります。

ただし、「これは神さまからの預言だ」といわれているメッセージが、本当に預言なのかどうかについては注意深く吟味しなければなりません。「神さまがこう語られる」と言って語ったことがただの一度でも実現しなければ、その人がたとえリーダーシップのある牧師であったとしても、どんなに人格的にすばらしい人であったとしても、預言者としては失格です(申命記18:22)。また、イエスさまによる救いを否定するような内容であれば、それも偽物です(第1ヨハネ4:1-3)。

もしあなたに預言の賜物が与えられていると感じたなら、こっそり教えてください。まずはご一緒に祈りながら吟味しましょう。もし預言が与えられたことがはっきりしたら、どうぞ大胆に語ってください。

しかし、すべての人に預言の賜物が与えられているわけではありません(第1コリント12:29)。私には今のところ与えられていません。では、今回のサムエルの体験は、私には無関係なのでしょうか。

クリスチャンの役割

すべての人に伝道の賜物が与えられているわけではありませんが、クリスチャンはみんな伝道しなければなりません。いやしの賜物がなくても、病気の人がいればいやしを祈らねばなりません。分け与える賜物や慈善の賜物がなくても、困っている人を助けるべきです。

それらはすべてのクリスチャンに与えられた使命であり、地上で果たすべき役割です。賜物とは、すべてのクリスチャンに与えられた役割のうち、ひとつ、あるいはいくつかの領域でエキスパートになるために与えらられるものです。

ですから、預言者でなくても、私たちは神さまのみこころを可能な限り知り、それを教会の中や外で伝えていく役割を負っています。では、預言者ではない私たちは、どうやって神さまのみこころを知るのでしょうか。

その方法はいくつかありますが、詳しくは以前語ったこちらのメッセージをお聞きください。以下、その中でも特に今回強調したいポイントをお話しします。

まず、私たちには聖書が与えられています。聖書を読むことによって、私たちは神さまご自身について、神さまのご計画について、神さまが私たちに何を望んでおられるのかということについて理解することができます。

聖書を読む際の基本は、「極力素直に読む」ということ。理性的に受け入れられないような内容であっても(たとえば奇跡)、特に別の箇所で意味が解説されていたり、前後関係から文学的表現だということが明らかだったりしない限り、無理に比喩的な意味に解釈してはなりません。そうでないと、読む人の数だけ解釈が生まれてしまうことになります。

聞く祈り

そして、聞く祈り。今回のサムエルは「しもべは聞いております。お語りください」と申し上げ、神さまからの語りかけを受けました。

祈りというと、私たちが神さまに何を訴え、何を求めるかということに焦点が合いがちです。しかし、もしもサムエルが言うとおり、私たちが神さまのしもべであるならば、むしろ私たちはもっともっと主人である神さまが私たちに何を求めておられるかに注意を向けるべきではないでしょうか。

聞く祈りを心がけていると、神さまが私たちの心に「これをしたい」、あるいは「これをしなければ」という思いを与えてくださることがあります。そうやってご自身のみこころを示されるのです。「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです」(ピリピ2:13)

ただし、たとえそうなっても、いきなり突っ走らないで、さらに続けて静まって神さまに聞く祈りを捧げるようにしましょう。歴代の敬虔なクリスチャンの先輩たちは、自分に与えられた思いが神さまのみこころにかなっているかどうかを、心の奥底に「それでいい」という静かな平安が与えられるかどうかで判別してきました。それはこう書かれているからです。

「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます」(ピリピ4:6-7)

私たちも、もっともっと神さまに聞く祈りを豊かに体験しましょう。

2.みことばを選り好みしないことの大切さ

サムエルの聞いた内容

聞く祈りを大切にしたサムエルが「お語りください」と願ったら、神さまが語ってくださいました。この話を教会学校などで取り上げる際は、その点が強調されますが、預言で大切なのは、何を語られたのかということ、その内容です。

サムエルが受け取ったメッセージは、師匠であるエリの家がさばかれるという内容でした。2章で別の預言者が登場します。彼はエリにこう宣告しました(2:31-36)。
  • エリの二人の息子が同じ日に死ぬ。
  • エリの子孫は早死にの家系となる。
  • エリの子孫は貧しくなる。
これは、エリの息子たちが祭司として冒涜的な行為を行なっていたにも関わらず、父親として、先輩祭司として、エリがそれを正しく指導してこなかったためです。サムエルの預言は、このさばきが間違いなくエリの家に実行され、たとえいけにえを捧げても赦されないということでした。

全くひどくて恐ろしい内容です。とても師匠に聞かせたいような内容ではありません。しかし、エリに強く求められたサムエルは、渋々預言を語って聞かせます。2章で別の預言者に同じことを預言されていたエリは、これが神さまからの語りかけであることを認めないわけにはいきませんでした。実際この2人の預言は実現してしまいます(4章)。

どんな内容でも聖書のみことば

私たちが聖書を読む際、救いの話や祝福の約束についての話は、喜んで読みたくなりますね。しかし、罪の話、さばきの話は喜んで読みたい箇所ではないでしょう。また、私たちの認めたくないような本音が明らかにされるような箇所、実行したくないことに関する命令などは、目を閉じてしまいたくなるかもしれません。

しかし、聖書に書かれていることは、どんな内容でも神さまからの語りかけです。選り好みすることは許されません。「しもべは聞いております。うれしい話だけお語りください」とサムエルは言いませんでした。彼は無条件に「聞きます」と言ったのです。

むしろ、私たちが一生懸命に聞かなければならないのは、私たちにとって耳の痛い神さまの語りかけです。すでに実行できていることを命じられても、私たちは痛みを感じません。できていないこと、むしろやりたくないことを指摘され、行動や態度を改めるように言われるからこそ、耳が痛いし、心が抵抗します。しかし、そういうメッセージこそ、今の私たちにとって必要です。

また、そういう痛いメッセージを聞き、痛いながらも実践しようとするからこそ、かえって私たちは神さまの無条件の愛を信じ、イエスさまの赦しを信じ、聖霊さまの助けを信じることができるようになります。それは、「こんなに不純で不従順な私なのに、神さまは子どもとして選んでくださったのか。イエスさまはこんな私を赦すために十字架にかかってくださったのか。そして、こんな私だからこそ、聖霊さまが内に住んでくださって助けてくださるのか」ということが、身にしみて理解できるようになるからです。

そして、神さまをより深く信頼し、寄り頼むようになった私たちは、もっともっと神さまの愛を味わい、生活の中に奇跡の力を体験し、人の努力や組織の力を超えて人生が造り変えられるという実感を得ることができるでしょう。

堅い食べ物

ヘブル人への手紙5:12-14にはこのように書かれています。

「あなたがたは年数からすれば教師になっていなければならないにもかかわらず、神のことばの初歩をもう一度だれかに教えてもらう必要があるのです。あなたがたは堅い食物ではなく、乳を必要とするようになっています。
まだ乳ばかり飲んでいるような者はみな、義の教えに通じてはいません。幼子なのです。
しかし、堅い食物はおとなの物であって、経験によって良い物と悪い物とを見分ける感覚を訓練された人たちの物です」


私たちは、クリスチャンとして、そして人として常に成長していく必要があります。若さとは成長です。私も50歳を過ぎ、だいぶ体力に衰えを感じ始めました。しかし、人としての成長は死ぬ時まで続けていきたいと思っています。そのために、堅い食べ物も選り好みしないでいただくことにします。あなたも、ぜひ。

まとめ

神さまの語りかけを積極的に聞きましょう。たとえ耳が痛い内容でも。

あなた自身への適用のためのディスカッションガイド


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