サムエルへの引退勧告

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第1サムエル記8章1〜10節

(2014.12.14)

参考資料

「サムエル」(1節)……幼い頃から祭司エリの元で祭司としての務めを果たし、神さまの言葉を取り次ぐ預言者としても活躍しました。7章には「イスラエルをさばいた」とありますから、政治的な働きもしていたようです。後に、サウル、次いでダビデに油を注いでイスラエルの王としました。

「ベエル・シェバ」(2節)……イスラエル西南端の町。

「ラマ」(4節)……エルサレムの北方8キロほどにあった町。

聖書からのメッセージ

イントロ

イスラエルのために懸命に働いてきたサムエルが、長老たちから引退勧告を突きつけられました。あなたも、一生懸命にやってきたことが認められず、感謝されないどころか、かえって非難されたり、文句を言われたりすることがありませんか? この時、神さまがどのようにサムエルに接してくださったかを見てみましょう。

1.傷ついたサムエルと神

傷ついたサムエル

サムエルは、幼い頃から祭司として、預言者として働いてきました。7章を見ると、成長してからは政治的な働きもしていたようです。前回、イスラエルがペリシテ人との戦いに大敗したという記事を学びましたが、サムエルはイスラエルに偶像礼拝の罪を悔い改めさせ、その結果戦いに勝利します。そして、サムエルがイスラエルを指導していた間、ペリシテ人による侵略は防がれました。

こうして、サムエルは何十年も、誠実に神さまとイスラエルの民とに仕えてきました。ところが、その人生の終盤に、これまでの人生を全否定されるかのような扱いを受けることになります。

あるとき、長老たちがサムエルのところにやってきて、サムエルの息子たちの所行を批判しました。息子のヨエルとアビヤは、ベエル・シェバで指導者として働いていましたが、賄賂を取って不正な裁判を行なっていました。まるで、サムエルの師であったエリの息子たちのようですね。

これに対して長老たちは、サムエルに息子たちを何とかしてくれと求めたのではなく、いきなり引退勧告を突きつけました。「あなたはもう年を取って当てにならない。だから、代わりに外国のように王を立ててくれ」というわけです。

この扱いは、サムエルを大いに不機嫌にさせました。彼は傷ついたのです。

確かに、息子たちへの教育は不十分だったかも知れない。しかし、これまでのサムエルの誠実な働きを無視して引退を迫るとは、あまりにも恩知らずではないか。それに、息子たちへの教育が行き届かなかったのだって、イスラエルのために忙しく働きすぎたせいだとも言える。そのあたりも理解してくれていいじゃないか。きっとサムエルはそう思ったことでしょう。

そして、今まで自分がやってきたことは何だったのだろうかと、強い無力感を感じたに違いありません。

あなたも、一生懸命にやってきたことが認められずに、感謝されなかったり、かえって非難されたり、文句を言われたりしたことがありませんか?

傷つかれた神

傷ついたサムエルに、神さまは優しく語りかけます。「彼らは、あなたを退けたのではない。このわたしを退けたんだよ」と。

イスラエルは、神さまの奇跡によってエジプトを脱出して、奴隷状態から解放されました。そして、荒野の厳しい環境の中で、マナという食べ物を天から降らせ、何もないところから水を噴き出させてくださいました。約束の地カナンに入るときには、ヨルダン川をせき止め、難攻不落のエリコの城を奇跡によって陥落させてくださいました。

イスラエルは、神さまによって守られ、導かれてきたのです。そして、サムエルの時代も、神さまがペリシテ人の侵略から守ってくださっています。

そんなイスラエルが王を求め、王によって国を救ってもらおうとするということは、今まで神さまがイスラエルにしてくださった様々な良いことに対する感謝を忘れて、神さまによる支配を否定することです。

ですから、神さまもサムエルと同じように傷ついておられました。神さまはご人格ですから、ご自分の存在が否定されたり、ご自分の尊厳や価値が値引きされたりすれば、深く傷つき、悲しまれます。

2.神は痛みを理解してくださる

同じ痛みを知っておられる神

神さまは、サムエルと同じ痛みを味わってくださいました。そして「サムエル。お前の悲しみや苦しみは、わたしもよく分かるよ」と言ってくださいました。そして、「でも、イスラエルの民は、あなたを捨てたのではなく、わたしを捨てたのだ」と。これは「わたしが一緒にお前の悲しみや苦しみを背負おう」ということです。これはサムエルにとって、大きな慰めでした。

イエスさまは、天を離れて、人としてこの地上に降ってきてくださいました。そして、「私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです」(ヘブル4:15)とあるように、私たちと同じように苦しんだり、悲しんだりするような目に遭われました。

イエスさまが私と同じ痛みを感じていてくださる。だから、私のこの悲しみを、痛みを、苦しみを分かっていてくださる。それは私たちにとって本当に慰めとなります。他の誰にも理解されなかったとしても、イエスさまだけはあなたの痛み、悲しみを分かってくださっています。

そして、痛みを「本当に」分かってくださるが故に、もっとも必要な助けを確実に送ってくださるのです。

直そうとするな、分かろうとせよ

私たちは、神の国の大使です(第2コリント5:20)。ですから、神さまが私たちの痛みを理解してくださっているように、他の人の痛みに対して、深い理解を表しましょう。

悩んだり問題を抱えていたりする人を見ると、私たちはすぐにその問題をどうやって解決したらいいかを考えて、あれこれ手を出したり、「こうしたらいいよ」とアドバイスしたりします。もちろん、それはいけないことではありませんが、相手の心の痛みがあまりにも深いときには、私たちの善意の提案や行動を受け入れるだけの余裕がないかも知れません。

ですから、まずはじっくりと話を聞き、「それはどれだけつらいことだろうか」と、その痛みに深い共感を表しましょう。実はそうやってつらい気持ちを分かってもらうだけで、私たちの心の痛みはかなり小さくなるものです。逆に、よく話を聞いてもらえず、すぐにあれこれとアドバイスされるのは、かえって孤独感とか、無力感とかをかき立てるものです。あなたもそういう経験がありませんか?

神に聴いていただこう

ただ、人には言えない悩みというのもあります。自分一人だけで負っていかなければならない重荷があります。それは、とても切なくつらいものです。しかし、イエスさまはそれをご存じです。そして、あなたと共にその重荷を背負ってくださいます。

あなたは一人ではありません。人に話すにしても話さないにしても、神さまにはどんなことでも話し、聴いていただきましょう。そして、神さまがその痛みを分かってくださっていること、だから必ず最善をなしてくださるということを確認しましょう。

まとめ

心に重荷を感じたら、勇気を出して、神さまや教会の仲間たちに話を聴いてもらいましょう。また、あなたも他の人にアドバイスする前に、その話を黙って聴いて、気持ちを共感することを心がけましょう。

あなた自身への適用のためのディスカッションガイド


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