これは主の戦いだ

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第1サムエル記17章32〜51節

(2015.1.25)

参考資料

この時、サウル王率いるイスラエル軍は、谷を隔ててペリシテ軍と対峙していました。ペリシテ軍から、ゴリヤテという代表戦士が現れ、一騎打ちを求めました。イスラエルの兵士たちは、身長6キュビト半(約289センチ)の大男であるゴリヤテを恐れ、誰も一騎打ちに応じようとしませんでした。開戦40日後、従軍していた兄たちの様子を見るためにダビデがやってきて、ゴリヤテがイスラエル軍を侮辱している声を聞きました。

ダビデが用いた武器、石投げは、毛糸や革などで作られたひもで、中央は少し幅が広くなっています。ここに石をはさみ、両端を片手で持って頭上で振り回し、勢いが付いたところで一端を放すと、石が目標めがけて飛んでいくという仕組みです。羊飼いは、これで野獣を追い払ったり、羊を脅して群れから離れないようにしたりしました。士師記20:16には、ベニヤミン族の中に、石投げで一本の毛を狙って外さない、700人の左利きの戦士たちがいたことが紹介されています。

聖書からのメッセージ

イントロ

先週は、私たちが地上で神さまに用いられ、また大いに祝福される秘訣は、自分の弱さや罪を示された時、素直に認めて悔い改めることだということを学びました。今回も、ダビデを通して、別の秘訣を学びましょう。

1.神の戦いであることを知る

巨人ゴリヤテと少年ダビデ

イスラエル軍の代表戦士であるダビデと、ペリシテ軍の代表戦士であるゴリヤテとの一騎打ちが始まりました。ゴリヤテは、身の丈3メートル近くある大男で、重装備で身を守り、強力な武器を手にしていました。

一方のダビデは、まだ少年と呼ばれる年齢でした。ミケランジェロが彫ったダビデ像が有名ですが、あれはちょっと大人に描かれすぎかも知れません。もちろん実際のダビデが裸だったとは思えませんが、鎧兜も満足に着こなせず、剣や槍も持っていませんでした。

他のイスラエル兵たちは、誰もゴリヤテと戦おうとしませんでした。それが普通です。しかし、ダビデはゴリヤテを恐れず、自ら進んで代表戦士になりました。

この戦いは主の戦いだ

ゴリヤテとダビデは、まずは舌戦を交えます。自分の心を奮い立たせ、相手の戦意をくじくためです。ゴリヤテは、まだ子どもに過ぎないダビデが、剣や槍ではなく杖を持ってやってきたのを見て、馬鹿にします。そしてペリシテ人が信じていた神々の名によって、ダビデを呪いました。

一方、ダビデはゴリヤテに向かってこう言い放ちました。「おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の【主】の御名によって、おまえに立ち向かうのだ」(45節)

ダビデが恐れなかった理由は、神さまが共にいてくださり、神さまが共に戦ってくださると知っていたからです。

イスラエルは、神さまがお選びになった神の民です。イスラエルの先祖であるアブラハムと結んだ契約の中で、神さまはこう約束なさいました。「あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう」(創世記12:3)。

だから絶対に大丈夫。ダビデはそう信じたのです。

あなたと共に主が戦ってくださる

あなたは、今どんな戦いを経験していらっしゃいますか? 意地悪されたり、誤解されたり、馬鹿にされたりしているかもしれません。仕事上の困難に直面しておられるかもしれません。神さまのみこころを行なおうとして、迫害されたり、からかわれたりしているかもしれません。そして、いつまでたっても状況が変わらないので、意気消沈して、やる気を失いかけているかもしれません。

しかし、あなたが神さまのみこころに反したことをしようとしているなら別ですが、神さまのみこころに沿ったことを行なおうとしているなら、あなたは一人で戦っているのではありません。その戦いは、主の戦いです(47節)。

神さまが一緒に戦ってくださるなら、私たちは自分だけの知恵や力以上の結果を期待することができます。私一人で意地悪な人に対応しようとすると、相手をやっつけるだけになるかもしれませんが、神さまが働いてくださるなら、もっといい方法で解決をしてくださることでしょう。

最近、私はこんな祈りをするようにしています。

「神さま。私がちょっと努力すれば手に入るような祝福や、あらかじめ計算できるような祝福ではなく、あなたでなければ与えることができない、そんな祝福をお与えください。内容や方法については、あなたにお任せします。どうか、私を好きなように祝福してください」。

あなたもぜひ。そして、思いもよらない神さまの祝福を味わったなら、私にも教えてくださいね。

2.自分にできることをする

祈るだけではなかった

神さまの働きを見るためには、祈りは必要不可欠です。およそ尊い働きは、祈りなしには実現しません。しかし、祈りだけで十分というわけではありません。神さまに神さまのなさる働きがあるように、私たちにも私たちがなすべき働きがあります。

救いに必要な条件は、全部イエスさまが達成してくださいました。しかし、私たちが救いを自分のものにするためには、イエスさまの十字架と復活を信じなければなりません。それと同じです。

ダビデは、これは主の戦いだからと、他の兵士たちの後に隠れていたのではなく、神さまの助けを信じて最前線に出て行きました。

神さまは、あなたにもおっしゃいます。必ず助けるから、あなたのなすべきことを、勇気を出して実行しなさい。そしてそれを続けなさい、と。

自分の身丈に合った行ない

神さまと共に戦いに出ることに決めたダビデは、サウル王が貸してくれた剣や防具を脱ぎ捨てました。サウルは非常に背の高い人でしたから、まだ子どもだったダビデの体格には合わなかったのでしょう。剣も扱い慣れていません。

後にダビデは成長し、剣を扱ったり、鎧兜を着こなしたりできるようになりました。しかし、その時のダビデには、剣や鎧兜は身の丈に合わないものでした。それを無理して使おうとしないで、自分が普段羊飼いとしてやっていることを行ないました。すなわち、杖と石投げを持ってゴリヤテに立ち向かったのです。

昨年秋に行なわれた教団の合同聖会で、講師の先生がこうおっしゃったのが印象に残っています。「神さまは、今のあなたの教会に来ておられる方々を通して、すばらしい神のわざを行なわれます」。もっとたくさん人数がいたらとか、こういう能力を持った人がいたらとか、こういう施設があったらとか……足りないところを挙げればきりがありません。しかし、そういう条件が整ったら神さまが働かれるのではなく、今与えられている人、組織、施設、状況で、十分神さまは大きなことをしてくださるんだと。

教会だけではありません。あなた個人についてもそうです。神さまは、もっとましになった未来のあなたを通して働かれるのではなく、今のあなた、それがどんなに自分ではちっぽけに見えるようなものであったとしても、です。あなたはそれを信じますか?

まとめ

今あなたが戦いに直面しているなら、まず自分が神さまのみこころを行なっているかチェックしましょう。もしみこころに反したことをしているなら、前回の学びのように素直に認め、悔い改めましょう。

その上で、改めて神さまのみこころを実践しましょう。そうするなら、あなたが直面している戦いを、神さまが共に戦ってくださいます。そして、必ずすばらしい結果に終わります。それを信じましょう。

あなた自身への適用のためのディスカッションガイド


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