どんなことでもできる

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マルコによる福音書9章14〜29節

(2015.4.12)

参考資料

悪霊は、元は天使でしたが、サタン(彼も元は天使でした)が神さまに反逆したときに、これに従って堕落しました。

14節の「律法学者」は、モーセの律法(神さまがイスラエルに与えた、様々な規定)を元にして作られた、多くの口伝の細則(言い伝え)を記憶して、民衆を教えた学者。イエスさまは口伝の細則の権威を認めなかったので、律法学者の多くはイエスさまに敵対しました。

今回の事件は、山の上でイエスさまの姿が変貌するという出来事の直後に起こりました。

聖書からのメッセージ

イントロ

先週、私たちには他の人に平安(シャローム)を届ける使命が与えられているということを学びました。シャロームは、霊的・精神的・肉体的・物質的・社会的に健全で充実している状態です。どうしたら、そんな大それた働きをすることができるのでしょうか。

1.できると信じる

キーワード

サタンの手下である悪霊どもは、人を罪に誘惑し、神さまから引き離そうとします。そして、時に人に取り憑いて苦しめることもあります。悪霊に憑かれた人は、単なる精神病とは異なる異常行動をします(映画「エクソシスト」は実話を元にして作られたそうです)。今回の記事でも、ひどい様子が父親の口から語られていますね。

ですから、悪霊によって精神的、肉体的に苦しんでいる人をいやすことは、この世にシャロームを届ける働きの一つです。ところが、悪霊につかれた子どもを、弟子たちは助けることができませんでした。そのことをイエスさまは「不信仰」と呼んで嘆かれました。

また、子どもの父親に対しても、「信じる者には、どんなことでもできるのです」とおっしゃいました(23節)。どちらも、キーワードは信仰です。

約束を信じる

イエスさまは、できもしないことをやれとおっしゃるような無茶な方ではありません。弟子たちが叱られたのは、本当はできるはずだったのにできなかったからです。

3章で十二弟子たちが選ばれましたが、その記事にこのように書かれています。「そこでイエスは十二弟子を任命された。それは、彼らを身近に置き、また彼らを遣わして福音を宣べさせ、悪霊を追い出す権威を持たせるためであった」(3:14-15)

実際、ルカの福音書を読むと、その後、弟子たちは各地に出て行って、病気を治したり、悪霊を追い出したりしています(ルカ9章)。彼らには、悪霊を追い出す力が、すでに与えられていたのです。

自分にはイエスさまから力が与えられている。そう信じるときに、その力が実際に発揮されます。もちろん、何でもかんでも信じればいいとか、とにかく積極的思考でやればいいんだとかいうことではありません。イエスさまが「あなたにはできる」と約束しておられること、それを信じるのです。

あなたへの約束

では、あなたにはどんな約束が与えられているのでしょうか。たとえば、聖書にはこのような約束が書かれています。

「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしを信じる者は、わたしの行うわざを行い、またそれよりもさらに大きなわざを行います。わたしが父のもとに行くからです」(ヨハネ14:12)

「わたしが父の元に行くから」というのは、イエスさまが天にお戻りになると、代わりにもう一人の助け主である聖霊さまがいらっしゃるということを指しています(ヨハネ16:7)。

イエスさまは、地上でどんなことをなさいましたか? 多くの病人をいやし、悪霊につかれて苦しんでいる人を解放し、悲しんでいる人を慰め、飢えている人を満ち足らせ、誰からも愛されていないと思っている人に愛されていることを教えました。あなたもそうなります。それどころか、イエスさま以上のわざを行なうことができます。これは、ストレートに受け取るならば、ものすごい約束です。

また、このような約束もあります。

「御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です」(ガラテヤ5:22-23)

リンゴの種を蒔くと、リンゴの木が育ち、やがてリンゴのみを結びます。あなたの内側に聖霊さまが蒔かれると、やがて聖霊の実が結ばれます。あなたがクリスチャンなら、たとえあなたがそれを感じられなくても、聖霊なる神さまがあなたの内に住んでくださっています。

イエスさまを信じ、聖霊さまをいただいたあなたは、愛のわざを行ない、どんな状況に置かれても喜び、平安を感じ、敵に対し寛容な態度を示し、どんな人にも親切に接し……ます。それがあなたへの約束です。

さらに、こんな約束もあります。

「神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです」(第2コリント1:4)

こうして、あなたの周りに奇跡が起こり始めます。家庭や職場や地域にシャロームが広がり始めます。この話をお読みください

その鍵は信仰です。「あなたの人生にも、あなたならではの奇跡が起こる」とイエスさまは約束しておられます。「はい、信じます」、そう言って受け取ってください。

2.助けを求める

バッテリー駆動だった弟子たち

さて、弟子たちは不思議でたまりませんでした。最初からできなかったのなあ、まだ納得できたでしょうが、以前は悪霊を追い出すことができたのに、なぜ今回は悪霊に太刀打ちできなかったのでしょうか。

イエスさまは「祈りによらなければならないのだよ」とおっしゃいました。すなわち、神さまに祈り、神さまから力をいただくのでなければ、シャロームをこの世に届ける使命は果たせないということです。

人々にシャロームを届ける力、たとえば悪霊と戦う力、病気をいやす力、人々を励まし慰める力、救いに導く力は、イエスさまが弟子たちにお与えになった者でした。しかし、いつの間にか弟子たちは、それが元々自分に備わっていた力だというふうに、あるいは自分の努力で身につけた力だというふうに、思い違いをしてしまいました。

その結果、弟子たちは、ちょうどノートパソコンのコンセントが電源から抜かれた状態になってしまいました。電源につながってないパソコンは、しばらくは内蔵バッテリーによって駆動するかも知れませんが、いずれ動かなくなってしまいます。弟子たちも、神さまとの関係が希薄になってしまっていたため、今回の悪霊との戦いで、神さまからのいやしの力を発揮することができませんでした。

そんな弟子たちに、イエスさまは祈ることが不可欠だとおっしゃいました。祈りは、神さまとの関係を強く、太くします。弟子たちは、日々の祈りによって、神さまとの関係を保ち、育て、それによってこの世をいやす力を受け取り続けなければなりませんでした。

信仰も神のプレゼント

一方、子どもの父親に対して、イエスさまは「できるものならと、言うのか」とおっしゃいました。イエスさまには不可能はないということについて、まだまだ信仰が足りないねという指摘です。

すると、父親は慌てて叫びました。「信じます。不信仰な私をお助けください」(24節)

自分自身がシャロームを味わい、他の人々に届ける人生、奇跡と感動に満ちた人生の鍵は、信仰です。しかし、その信仰さえも神さまからのプレゼントです。信仰は自分の内側から生み出すものではなく、神さまによって与えられるものであり、与えられた信仰をより強いものに育ててくださるのも神さまです。

父親は、正しいお方に正しい依頼をしました。ですから、イエスさまは、彼の息子をいやしてくださいました。

祈りを積み重ねよう

神さまの存在や、神さまの愛や力を信じられないときって、ありませんか? そんなときには祈ってみましょう。感情(実感)はどうであっても、この父親のように「私は信じます」と先取って宣言し、感情については、「どうぞ、心から信じられる結おうにお助けください」とお祈りしましょう。

いや、信じられないとき、信仰の葛藤を覚えているときだけでなく、毎日毎日、一瞬一瞬、神さまに祈り、神さまが力を注いでくださるよう求めましょう。

まとめ

あなたも、力と愛に満ちた行ないをし、他の人を慰め、励まし、いやし、救いに導くことができます。神さまがその力をくださるようにと、いつも祈りましょう。

あなた自身への適用のためのディスカッションガイド


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