イイ出しを出そう

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マタイの福音書13章31〜33節

(2015.5.17)

参考資料

「からし種」とはクロガラシの種のことで、当時のイスラエルで知られる最も小さな種でした。そこで、(日本語での山椒や芥子粒のように)小さいものの代名詞として、慣用句的に用いられました。なお、クロガラシが成長すると3〜4mにもなります。

朝、一家の主婦がパンを焼く際、発酵したパン生地の一部をひとかたまりだけ取り分け、保存しておきました。これが「パン種」です。それを就寝前に新しい生地に混ぜておくと、パン種に含まれるイースト菌の作用で発酵が始まります。そして、朝にはパン生地ができあがるわけです。

「三サトン」は約39リットル。

聖書からのメッセージ

イントロ

イエスさまは神の国の市民であるあなたが、どんな人生を送ると約束しておられるのでしょうか。

1.最初は小さくても大きく成長する

神の国のたとえ

今回のたとえは、「天の御国、すなわち神の国はどのようなものか」というのがテーマです。

世の終わりにイエスさまが再臨なさった時、イエスさまが王となって治める国、神さまの支配が隅々にまで及び、神さまの栄光と祝福に満ちあふれた理想の王国が地上に実現します。これが神の国、天の御国です。

イエスさまを救い主と信じたあなたは、神さまの子ども、すなわち神の国の市民とされています。今の地上には矛盾や苦しみがありますが、やがて悲しみも苦しみもない、喜びや感動に満ちた世界にあなたは住むことになります。

しかも、その祝福は、今すでに私たちの内側から始まっているとイエスさまはおっしゃいました(こちらのメッセージ参照)。まだ完成されているわけではありませんが、あなたに対する神さまの祝福は、もう始まっています。

からし種とパン種のたとえ

神の国にたとえられたからし種とパン種はどんなものでしょうか。からし種は非常に小さな種です。パン種も、パン生地全体に比べれば、ほんの小さな塊に過ぎません。あなたの内側に始まった神の国は、そのようなものだとイエスさまはおっしゃいました。

たとえば聖書は、私たちクリスチャンの性質が、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制など、麗しいものに変化・成長すると約束しています。必要なものが与えられ、生活が支えられると約束しています。心や体や社会的な傷がいやされることを約束しています。他の人たちを助け、いやし、救いに導くことができると約束しています。

しかし、信じたからといって、どれだけ性格や生活が変わったでしょうか? また、困った人たちのために自分も何かしたいと思うけれど、特に何かすごい才能や財産を持っているわけではない自分に、いったい何ができるというんだろうかと思うことはないですか?

私たちの内側に始まった神の国は、確かにからし種やパン種のように、ちっぽけなものに見えます。

大きく成長する可能性

吹けば飛ぶような小さなからし種ですが、成長すると3〜4mにも育ち、空の鳥が巣を作って休むほどになります。ひとかたまりの小さなパン種は、40リットル近い小麦粉を発酵させて、パン生地に変化させます。

このたとえは、最初は小さく、ちっぽけに見える神の国の祝福や影響力も、だんだんと大きなものに成長していく可能性を持っているということを教えています。

自分自身が祝福されるだけではありません。「鳥が巣を作る」という表現は、旧約聖書では、王国の民が国によって守られ、繁栄すること、さらに周辺諸国の人々でさえも頼ってくることのたとえで用いられています(エゼキエル4:12、31:6など)。

聖書の中で、「パン種」は他のものに強い影響を与えるもののたとえとして用いられています。その多くは悪い意味で用いられていますが(日本の「ミカン箱の中の腐ったミカン」のたとえと同じ)、ここでは良い影響力を表しています。そこにいるだけで、周りの人たちも、励まされ、慰められ、清められていくということです。

2.小さな一歩を認めよう

自分の変化を探してみよう

私たち日本人は、どちらかというと「まだ足りない。もっと頑張れ」というしつけや教育を受けてきました。ですから、「小さな変化」では満足しない性質を持っています。そして、ダメ出しすることが得意です。

しかし、私たちは神の国の市民になったのですから、王であるイエスさまが私たちをどのように見ておられるかということを基準にして判断しましょう。今回のたとえを語られたイエスさまは、私たちのほんの些細な、ちっぽけな変化も見逃さず、認め、喜び、感動し、感謝してくださいます。であれば、私たちも私たち自身に対してそうすべきです。ダメ出しではなくイイ出しですね。

自分の目にはどんなに小さく見えることでも、イエスさまを信じてから変わったことがありませんか? あなたの存在を通して、他の人たちの内面や生活が良い方向に変わったということはありませんか? 意識して探してみましょう。

どうぞそれを「ちっぽけだ」と切り捨てないでください。それは、とてつもなく大きな変化や結果を生み出す可能性を秘めています。

他の人の小さな変化も認めよう

また、自分自身の変化だけではなく、他の人(それがクリスチャンであってもなくても)の変化に対しても敏感になりましょう。「これくらい、やって当たり前だから」とか「これくらいではまだ不十分だから」とかいう理由で、相手の小さな変化を認めないでいるということがあってはなりません。

あるいは、表面上は特に変化が無かったとしても、成長の方向に向かってその人が努力したり工夫したりしたことがあったら、それも見逃さないようにしましょう。

こちらの記事をご覧ください

そして、イエスさまがあなたにしてくださっているように、その人の努力や工夫や小さな成長を指摘し、喜び、感動し、感謝しましょう。

じっくり待とう

成長には時間がかかります。自分や他の人がすぐに変化しなくても、イライラしないでじっくり待ちましょう。必ず成長すると信じながら。

まとめ

自分や他の人の小さな変化を認め、積極的に「イイ出し」を出しましょう。

あなた自身への適用のためのディスカッションガイド


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