変えられた人生を提供する教会

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使徒の働き2章40〜47節

(2015.6.21)

参考資料

イエス・キリストの十字架・復活・昇天の後、ユダヤのペンテコステの祭りの日の出来事です。集まって祈っていたクリスチャン一人一人を聖霊が満たし、その人生を造り変えました。その一人であるペテロが説教すると、多くの人々が心を刺され、救われました。

41節の「バプテスマ」とは、入信のしるしとして行なう洗礼のこと。水の中に体を沈めたり、水を頭からかけたりします。信仰の共同体である教会の一員となるという意味もあります。

42節の「使徒」は、キリストによって選ばれた12人の中心的な弟子。キリストと寝食を共にして、教会のリーダーとしての訓練を受けました。その中の一人、イスカリオテのユダがキリストを裏切り、それを悔いて自殺したので、マッテヤが教会の人々と聖霊によって選ばれ、補充されました。

46節の「宮」は、エルサレムの神殿のこと。

聖書からのメッセージ

イントロ

ここには、最初期の教会の姿が描かれています。立派な会堂も、プロフェッショナルな賛美チームも、整ったボランティア組織もありません。しかし、多くの人々が救われ、人生が変えられていきました。私たちの教会も、そうありたいと思います。そのために、私たちに必要なことは何なのでしょうか。

1.人生が変えられることを期待しよう

私たちが提供するもの

以前参加した教会リーダーのためのセミナーで、講師が教会の活動をビジネスにたとえて話されたのが印象に残っています。教会がビジネスなら、人々に提供する商品は? それは「変えられた人生」です。
  • 愛に欠けていた人が、人の幸せのために行動するようになる。
  • 罪深い生活をしていた人が、聖い生き方をするようになる。
  • 自己中心だった人が、人の話に耳を傾けるようになる。
  • ワンマンだった人が、他の人と協力できるようになる。
  • 悲しみに沈んでいた人に笑顔が戻る。
  • 病を抱えていた人がいやされる。あるいは、病を受け入れ、病を自分の個性の一つとして、生き生きと生きられるようになる……。
このように、イエス・キリストを信じた人の人生が変わることが、教会がこの地上でなすべき働きです。教会の存在意義と言ってもいいでしょう。

モデル教会

使徒2章には、エルサレムに誕生したばかりの教会の様子が描かれています。ざっと目を通しただけでも、このできたばかり教会は、以下のような特徴を持っていたことが分かります。
  1. 多くの人々の救い
  2. 聖書の教えを堅く守る生活
  3. 温かい交わり、聖餐、愛餐
  4. 神への畏怖、祈り、毎日の礼拝
  5. 頻繁に起こる奇跡
  6. 貧しい人、困っている人への援助
  7. 教会員同士の一致
  8. 喜び
  9. 地域社会への好影響
アメリカにあるウィロークリーク・コミュニティ教会の、ビル・ハイベルズ主任牧師が20歳だった頃の話です。大学の新約学の教授、ギルバート・ビレジキアン教授は、使徒2章を示しながら、クラスの若者たちに向かってこう言いました。
「皆さん。かつて、神さまに身も心もささげた信者たちの共同体がありました。彼らの生活は、聖霊の力に満たされていたのです。キリストに従うこの集団の中で、信者たちは徹底的な愛で互いを愛し合い、心の殻を脱ぎ捨て、生活を共有していました。クリスチャンとしての裏表のない交わりの中で、彼らは共に笑い、泣き、祈り、歌い、仕え合ったのです」。

「社会経済的な障壁が消えてなくなるまで、多く持つ者たちは、あまり持たない者たちに惜しげもなく分け与えました。彼らは性や人種の溝を乗り越え、文化的違いを喜ぶようにして交わったのでした」。

「使徒言行録2章によれば、この信者の共同体、つまり教会は、信仰を持たない未信者たちに生きることのビジョンを、彼らが息をのむような素晴らしいビジョンを与えたといいます。教会があまりにも大胆で、創造的で、力にあふれていたので、未信者たちはそれにあらがえなかったのです」。

(ハイベルズ著「勇気あるリーダーシップ」福音社より)
ハイベルズ青年は、この言葉に衝撃を受けました。「どうして現在の教会は、このような姿を失ってしまったのだろう。そして、もしも1世紀のような教会が、このシカゴにできあがったら、どんな素晴らしいことが起こるだろう」。この問いかけこそ、アメリカで最も影響力のある教会の一つと言われるウィロークリーク・コミュニティ教会誕生のきっかけです。

私たちも期待しよう

私たちはどうでしょうか。私たちの属している教会も、そのような変えられた人生を提供したい。いや、その前に、私たち自身の生活を変えていただきたい。そんな期待が生まれ、ますますそれが強まったとしたら幸いです。

なぜなら、神さまの奇跡は、私たち人間が神さまの願いや計画を知り、その実現を期待するところから始まるからです。

私たちもハイベルズ先生のように自問してみましょう。もしもあなたの通っている教会(私にとっては中通りコミュニティ・チャーチです)が、完全に1世紀のような教会になれたとしたら、一体あなたの生活はどのように変わりますか? そして、あなたの家庭は、あなたの職場は、あなたの住んでいる地域は、一体どのように変わりますか?

使徒2章を何度も読み返し、神さまが計画しておられる教会の姿を思い描きましょう。そして、そうなりたいと強く願いましょう。

2.人生が変えられることを信じよう

信仰が祝福を得る鍵

私たちは、イエス・キリストが私たちの罪を赦すために十字架にかかり、3日目に復活したことを信じることで救われました。そして、クリスチャン生活が祝福に満ちたものになる鍵もまた、信仰です。

私たちは、1世紀の教会の姿を学ぶことで、神さまが教会に集う私たちに、変えられた人生を約束しておられることを知り、「こうなれたらいいなあ」という強い期待の心が生まれました。次のステップは、自分も、自分たちの教会も必ずそうなれると信じることです。

聖霊のわざだから大丈夫

自分たちなんかにできるだろうかと、信じられない思いがわいてきますか? 正直に申し上げると、私も心のどこかで「私には無理だ」という思いを持っています。ハイベルズ先生のような、卓越した指導者にならできるだろう。アメリカのような環境ならできるだろう。でも私には無理だ。そんな力も知恵もないし……。

しかし、私も皆さんも知らなければなりません。1世紀の教会を導いたのは、決して有能な人物ではなかったということを。彼らは正式な神学教育を受けていたわけではありません。裕福な者や社会的リーダーもあまりいませんでした。勇気や思慮に欠けており、みんなイエスさまを裏切った者たちでした。そして、全世界に出て行って福音を宣べ伝えるどころか、一つところに集まって震えていたのです。

そんな彼らが一変したのは、聖霊さまのお働きのおかげでした。ペンテコステの祭りの日、イエスさまの約束通り、聖霊さまが教会に降り、クリスチャン一人一人の心を満たしました。すると、人々は奮い立ち、ペテロは立ち上がって伝道説教をしました。そして、120人の群れは、一気に3120人の群れになりました。

1世紀の教会が、神さまの願い通りに成長していき、人々の人生が造り変えられていったのは、聖霊さまのお働きがあったからです。人々は、聖霊さまに満たされ、聖霊さまのお働きに協力する形で教会生活・信仰生活を送っていました。ここに私たちの希望があります。

私たちにも希望がある

1世紀のクリスチャンと私たちとどこが違いますか?
  • 彼らはイエスさまを救い主と信じていました。私たちもそうです。
  • 彼らは不完全で、神さまの助けを必要としていました。私たちもそうです。
  • 彼らは、愛されたいとか、人生を意味ある者にしたいとか、罪責感や恐れから解放されたいというような必要を抱えていました。私たちもそうです。
  • 彼らは一人ではなく、同じ信仰を持つ仲間がいました。私たちもそうです。
  • 彼らはイエスさまに愛され、父なる神さまの大切な子どもでした。私たちだってそうです!!!
ですから、私たちにもできるはずです。時間がかかるかもしれないし、犠牲が伴うかもしれません。しかし、聖霊さまが助けてくださいますから、必ずできます。だから、期待しましょう。私の人生は変わります。あなたの人生も変わります。私たちの教会も必ず変わります。そして、私たちを通して、多くの人の人生が変わります。

それを信じましょう。感情は揺れ動くでしょうが、変えられた後の姿は、私たちの勝手な願望ではなく、神さまの願いであり、私たちに対する約束です。ですから、「信じます」と口に出して宣言し、宣言し続けましょう。

まとめ

私たちの教会が、1世紀のような姿を取り戻し、ますます「変えられた人生」を提供できるよう、以下の3つの祈りを、しばらく続けてみましょう。
  1. 神が望む教会、神が望むクリスチャン生活とはどういうものか教えてくださいと祈ろう。
  2. 自分たちもそうなれると信じる信仰を与えてくださいと祈ろう。
  3. その実現のために、今、自分にできることを教えてくださいと祈ろう。
教会は、この世に対する希望です。そして、教会とは建物や組織のことではなく、あなたです。私です。そう、私たちなのです。

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