思い煩いからの解放

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ペテロの第一の手紙5章7〜11節

(2015.7.26)

参考資料

この手紙は、迫害を受け試練に遭っているクリスチャンを励ますために書かれました。

聖書からのメッセージ

イントロ

人間のかかる最も重い病気は思い煩い(重い患い)だそうです。神さまは、この病気もいやしてくださり、平安と喜びに満たしてくださいます。

1.どんな未来を想像しているか

思い煩いとは

思い煩いというのは、否定的な未来を思い描いて、そうなったらどうしようと心配し、不安になることですね。皆さんは、最近、遠い将来や近い将来のことで思い煩い、不安になったり、いたたまれない気持ちになったりした経験がありませんでしたか?

想像したことが実現する

最近、脳に関するいくつかの本を読みました。それらによると、私たちの脳は、自分が考え、思い描いたことを実現し、形にしようと働くのだそうです。もちろん、脳が外部の状況を直接変えることはできませんが、毎日毎日、一瞬一瞬起こってくるさまざまな出来事にどのように反応するかは変えることができます。

私たちの内側や周りには、すばらしい未来を切り開いていくためのたくさんのリソース(資源)が、すでに与えられています。思い煩いに満たされているか、平安と希望に満たされているかでは、それらを発見し、用いることに違いが生まれます。ですから、自ずと未来も変わって来るというわけです。

イエスさまも、病人をいやされたとき、「あなたの信仰があなたを救った」とおっしゃいました。また「あなたの信じたとおりになるように」ともおっしゃっています。

私たちは将来について、いろいろと思い煩ってしまうことがありますが、本当にそのような嫌なことが起こるかどうかということよりも、私たちがどんな未来を想像しているのかということの方が、重要だということのようです。

心の棚卸し

思い煩いから解放され、平安と希望に満たされるために、いっさいを神さまにゆだねるようにと勧められています。今、自分の心を棚卸ししてみましょう。

今、あなたは何を思い煩っていますか? どんな「最悪の未来」「最悪の結末」を想定していますか? 今、それを意識してみましょう。それだけで「こんな非現実的なことを恐れていたのか」と、心配するのがばかばかしくなることもあります。

そうでなかったとしても、見えない敵は恐ろしいものですが、自分の恐れているものをしっかりと意識することで、私たちに戦う勇気が生まれます。何より、神さまにはっきりと「私はこれを恐れています。どうぞ助けてください」と、具体的に祈ることができるようになります。

次に、こうなったらうれしいという「最高の未来」「最高の結末」も意識してみましょう。いっさいですから、心配だけでなく、希望についても棚卸しするのです。実際にやってみると、さまざまな気づきが与えられることでしょう。

そして、3つめに、現実的に考えて、最もありそうな結末を考えてみます。

以前、別の教会の祈祷会ででメッセージを語らせていただいていたことがあります。メッセージを語る前、不安感に襲われ、居ても立ってもいられなくなりました。そこで、頭の中で、自分が想定している最悪の結末と、最高の結末を意識してみたのです。

「最悪のケース」は、話がしどろもどろになり、会衆はしらーっとして、多くの人が居眠りを始める。聖書の解説もいい加減だということが分かり、祈祷会後に教会に抗議の電話が入る。「もう、あんな牧師の話は聞きたくない」。翌日、主任牧師に呼び出しを食らい、しこたまお説教を受けた後、「もう来なくてもいいです」と言われる。つまりクビ……。

一方「最高のケース」は、みんな感動しながら、涙を流しながら話を聞いてくださる。終わったあと、会衆やスタッフの皆さんが駆け寄ってきて、私の手を握りながら「いやぁ、よかった」。そして、おかげで給料アップ!

しかし、ここではたと気づきました。本当にこれで私はハッピーなんだろうかと。実際にその場面をイメージしてみました。すると、居心地悪そうに照れ笑いしながら、「早くこの場を立ち去りたい」と思っている私の姿が浮かんだのです。

私は悟りました。「なぁんだ。説教がうまくいっても行かなくても、どっちにしても私は落ち込むんだな。説教の結果がどうでも、どうせあとで一人反省会をやって、プチうつになるんだ」と。説教の善し悪しは関係なく、とにかく私は、自分を卑下し、落ち込むためのネタ探しをしているだけなんだ。そういう心の癖なんだ、と。

そうすると、説教の出来不出来が気にならなくなりました。だってどうころんでも落ち込むことになっているんですから、説教のできを気にしても仕方ありません。私はさわやかな気分で講壇に昇りました。

2.神にゆだねる

心配してもきりがない

最悪も最高も現実的な結果も、いっさいを棚卸し(すなわち意識)したら、次にそれを神さまの元に持っていきます。ペテロは「神があなたがたのことを心配してくださる」と書いています。だから、神さまにお任せしなさいと。

これは、私たちが計画的に生活しなくていいとか、未来のために努力をしなくていいということではありません。しかし、どんなに考えて努力したとしても、何が起こるか分からないのがこの世の中です。

たとえば、一生懸命勉強して、希望の学校に入るための実力を充分備えたとしても、入試の朝に交通事故に遭うかもしれません。ですから、不確定の未来を心配し始めたらきりがありません。充分な計画と努力をした上で、それでも不確定なその未来を、永遠の知恵と力を持っておられる神さまにゆだねなさいと、ペテロは言うのです。

神があなたを愛しているから

全知全能の神さまは、同時にあなたを愛しておられるお方です。その全知全能の力を、あなたの幸せのために用いてくださいます。「私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう」(ローマ8:32)。神さまは、あなたのために最善以外のことをなさいません。

現実に含まれるもの

先ほど、現実的な結末について考えましたが、その「現実」に、「わたしは神さまから愛されている。神さまは、私に最善以外のことをなさらない」という真理を加えてみましょう。あなたの気持ちはどんなふうに変わりますか?

まとめ

思い煩いを感じた時は、それを、私たちをこよなく愛してくださっている神さまの前に、私たちのために命さえ捨ててくださったイエスさまの前に差し出して、平安をくださるよう祈りましょう。

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