長い目で見たとき

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詩篇37篇1〜11節

(2015.8.23)

参考資料




聖書からのメッセージ

イントロ

人間の特徴は、その時その時の気持ちや欲求に従って行動するだけでなく、遠い将来を見通して、今しなければならないことを判断し、実践することができるということです。長い目で見たときに、ずっと素晴しい結果をもたらす生き方とは、どういう人生でしょうか。

1.今置かれているところで誠実に

狭い門からはいりなさい

ある時イエスさまはこんなお話をなさいました。

「狭い門からはいりなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこからはいって行く者が多いのです。いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです」(マタイ7:13-14)

私たち神さまを信じる者の前には、いつもY字型の交差点が置かれています。神さまの願いを受け止め、神さまのみこころに従って生きる道か、それとも神さまの願いなんか関係ないという生き方の道か。

そして、神さまが私たちに選んで欲しいと願っておられる方の道は、ともすれば見劣りのする道、犠牲が伴う茨の道、損をするような道に見えます。別の道の方が、楽だし、得だし、手っ取り早いような気がするのです。

しかし、この詩を書いたダビデは勧めます。「地に住み、誠実を養え」(3節)。今置かれているところで、しっかりと踏みとどまって、なすべきことをなせ、ということです。なすべきこととは、神さまのみこころです。

良い説教とは

神学生時代、指導してくださった牧師にこんなことを教えられました。良い説教というのは、会衆を感動させたり、涙を流させたり、笑わせたり、「先生、良いお話でした」と言ってもらったりするような話のことじゃない。良い説教とは、仮に全くウケなかったとしても、会衆が何かを決断し、具体的に生き方を変えるような話である、と。

私自身も経験がありますが、聖書の話を聴いて、「今日の話はキツい内容だったなあ」と感じることがあります。もちろん、神さまの恵みが全く語られず、ただ律法主義的に責められるだけの説教でキツく感じるのは意味がありません。十分にイエス・キリストを通して現された神さまの愛と恵みが語られ、その上で「こんなに愛されているのだから、こういう生き方をしよう」とチャレンジされて、それがキツく感じることがありますね。それは、聖書のことばが私の生き方を変えようとしている一つの証拠だろうと思うのです。

キツくても誠実に生きよう

私たちは、ついつい楽な道・得な道・手っ取り早い道を選びたくなります。しかし、そういう安易な道に逃げるのではなく、今置かれているところで精一杯誠実に生きる道を選ぶことは、時に「キツいなあ」と弱音が出てきそうな道でしょう。

しかし、安易な道に流されず、今なすべきことを誠実に、地道に、愚直に行ない続けることにより、ずっと先に行った時に大きな利息を得ることができる。ダビデはそう私たちを励ましています。

今、皆さんが置かれている状況はどういうところですか? そこで誠実に生きるとはどういう生き方をすることですか?

2.主に信頼すること

怒りを捨てよう

さて、置かれているところで、神さまのみこころを誠実に行ない続けるよう勧めた詩篇の記者は、そのためには妬んだり怒ったりしないことが大事だと教えてくれています。

「悪を行う者に対して腹を立てるな。不正を行う者に対してねたみを起こすな」(1節)

「怒ることをやめ、憤りを捨てよ」(8節前半)

神さまに従う道が大変で、時間がかかり、犠牲を伴うようなものであればあるほど、神さまのみこころを無視して、手っ取り早く楽なやり方で利益を得ている人を見ると、ねたましく思うようになりがちです。そして、そんな人に対して怒りを感じ、その怒りをぶつけたくなってきます。

しかし、8節の後半に「腹を立てるな。それはただ悪への道だ」とありますが、イライラしながら何かをしようとしても、たいていはあまりいい結果が得られません。

イライラの原因

ねたみや怒りの背後には、実は焦りがあります。焦りとは何でしょうか。それは、「このままでは、何もかも台無しになってしまう」「このままでは、私の人生は大変なことになってしまう」という不安です。このままだと大変だから、焦って何か保証になるようなものが欲しくなるのです。そして、うまいことやっている人に八つ当たりしたくなるのです。

かなり遠くにお住まいのクリスチャン女性で、お子さんがニート状態(仕事もせず、学校にも行かず、仕事を探そうともしていない人)の方がいらっしゃいました。仮にAさんとお呼びすることにしましょう。お話を伺っているうちに、Aさんは自分自身が見えてきました。自分が子どもを助けてあげようとして、あれこれ励ましたり、アドバイスしたり、世話を焼いたりすることが、かえってお子さんを甘やかして自立をじゃましたり、やる気を削いでしまったりして、まったく逆効果だったということを悟られたのです。

そこで、すでに息子には自立する力があると信じて、口を出さずに温かく見守ることになさいました。ところが、強い決心にも関わらず、つい手や口を出してやりたくなるのです。そして、ついにこうおっしゃいました。「一番不安なのは、子ども本人じゃなくて、私なんだと分かりました。不安だから、つい手を出して、手っ取り早く何とかしたくなるんですね」と。

主にゆだねよう

しかし、ここが分かればもう大丈夫です。不安のために焦っている私たちのために、神さまは何と語っておられるでしょうか。

「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げて下さる」(5節)。だから、「主の前に静まり、堪え忍んで主を待て」(7節)

神さまは、「わたしは愛するあなたのために、最もいい事を最もいいタイミングで行なう用意をしているんだ。だから、あなたが焦ってイライラしなくてもいいんだよ」とおっしゃるのです。

11節には「しかし、貧しい人は地を受け継ごう。また、豊かな繁栄をおのれの喜びとしよう」と書かれています。貧しい人とは、単に経済的にお金がない人という意味ではありません。9節に「【主】を待ち望む者、彼らは地を受け継ごう」と書かれていますから、「貧しい人」は「主を待ち望む人」と同じです。

貧しい人とは、謙遜に自分の無力を認め、神さまに信頼している人のことを指します。その人は、神さまによって守られ、導かれ、最終的には神の国の祝福と繁栄を味わうことさえできるようになると約束されています。

さて、自分自身の不安を自覚なさったAさんは、「息子を早く自立させてください」という祈りをやめてしまいました。そして、神さまに向かってご自分の不安をぶつけ、平安を与えてくださるようにと祈り始めました。その結果、だんだんと心に平安を感じられるようになり、焦ることなくお子さんの自立を待つことができるようになっていったそうです。

私がAさんに関わらせていただいたのは、もう何年も前のことですが、最近手紙をくださいました。そして、息子さんが仕事を始め、それを一生懸命続けていること、そして結婚し、苦労を掛けた親御さんご夫妻をハワイ旅行に連れて行ってくれたことを知らせてくださいました。

あなたは今、イライラしていらっしゃいませんか? 焦っていませんか? ちょっと神さまの前で静まってみましょう。神さまはあなたにどんな大丈夫メッセージを下さっているでしょうか。

まとめ

不安は焦りを生み、焦りはねたみや怒りを引き出します。不安を自覚し、最善以外をなさらない神さまに信頼しましょう。それによって、あなたに平安が与えられますように。

あなた自身への適用のためのディスカッションガイド


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