少女よ、起きなさい

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マルコによる福音書5章35〜43節

(2015.10.25)

参考資料

「イエスが、まだ話しておられるとき」(35節)……会堂管理者ヤイロは、死にかけている娘を助けてくださるよう、イエスさまを呼びに行きました。ところが、途中でイエスさまは群衆に取り囲まれ、なかなか前に進めません。しかも、イエスさまは、長血をわずらっていた女性をいやし、長々と話し込んでいました。

聖書からのメッセージ

イントロ

今日は、3年前に亡くなり、天に迎え入れられたW姉を偲ぶ召天者記念礼拝です。そこで、W姉が大好きだった聖書の箇所の1つを選びました。

会堂管理者ヤイロの娘は、死んでいたのによみがえりました。イエスさまは多くの奇跡を行ないましたが、死人を生き返らせたのは3例だけしか聖書に書かれていません。それだけ強力な神さまのみわざを体験できたのですね。

生前、W姉も強く願っておられましたが、私たちも、日々の生活の中で、神さまの力強い働きを、ただ頭で信じているというだけでなく、実際に体験したいものです。この娘から秘密を学びたいと思います。ヤイロの娘は、この力強い奇跡の時、何をしていたのでしょうか。

1.死んでいた

信仰に応える神

会堂管理者ヤイロの娘は、死んでいたからよみがえりました。当たり前のようですが、ここが重要。
  • イエスさまが、ヤイロの家に向かう途中で出会った女性は、長血(出血の止まらない婦人病)という病気でした。ですから、長血をいやしてもらいました。
  • ニコデモ(ヨハネ3章)は、どうすれば神の国の一員になれるかと悩んでいました。ですから、イエスさまにその答えを教えてもらいました。
  • ローマの百人隊長は、しもべが病気で死にかけて心配していました。ですから、しもべをいやしてもらいました。
盲人バルテマイは、町の入り口でイエスさまを大声で呼び止めました。「私に何をして欲しいの?」とイエスさまが尋ねると、彼は即座に「目が見えるようになることです!」と答えました(マルコ10:46-52)。彼は、自分の問題をよく知っていて、自分が何を求めているかもよく知っていたのです。

では、あなたが今抱えている問題は何ですか? あなたは何から救われたいと願っていますか? 今、イエスさまがあなたの前に立ち、「何でも願い事をかなえてあげよう。ただし、具体的に5秒以内に言え」とおっしゃったら、あなたは何を願いますか? この短い時間では、普段からそのことを一心に願って生活していなければなりませんね。

バルテマイも、長血の女性も、ニコデモも、百人隊長も、真剣に助けてもらいたいと願いました。そして、必ずイエスさまが何とかしてくださると信じました。そして、大胆にイエスさまに求めました。ですから、イエスさまはその信仰に応えて、答えをくださったのです。

肉体の死

ところが、今回の娘の場合、自分が死からよみがえることを一心に願ってはいませんでした。死んでいたからです。

人間の最大の問題は、死です。ある人は、「死は0だ」と言いました。1万持っていても0をかければ0、1億持っていても0をかければ0。どんなに地上で快楽を極め、あるいはすばらしい業績をなしても、死んだらそれまで。正面切って死を見つめたら、とてもじゃありませんが、むなしくてやっていられません。

ただし、死んで人生が終わりだったら、です。聖書は、死ぬことは人生の終わりを意味しないと教えています。肉体の死は単なる通過点に過ぎません。たとえ死んでも、イエスさまが地上に再臨なさるときに私たちは復活します。そして、神さまは私たちが生前地上で行なった良いわざに報いを与えてくださいます。

W姉は、まだ復活はしていませんが、天にある待合室でその時を待っておられます。聖書によると、その待合室もまた、安らぎや喜びに満ちた場所のようです(ルカ16章)。W姉は、地上ではいろいろと苦しい思いもなさいましたが、今はそれを補ってあまりある祝福を味わっておられますし、復活後はさらにすばらしい喜びが待っています。

W姉は神さまに受け入れられて、天に昇り、安らぎと喜びの中で復活を待っておられます。では、私たちはどうでしょうか。私たちは、神さまに受け入れられ、W姉のおられるところに行くことができるでしょうか。そして、最大の問題である死の呪いから解放されることができるのでしょうか。

霊的な死

どうすれば、神さまに受け入れられるのでしょうか。神さまが喜ばれる良い行ないをすれば、認められて天国への切符をいただくことができるのでしょうか。

確かに、聖書は多くの良い行ないについて教えています。聖書だけでなく、多くの宗教や道徳が良い行ないをするよう教えています。しかし、私たちの問題は、何をなすべきかを知らないことではなく、そうする力がないことです。何をしてはいけないかを知らないことではなくて、「分かっちゃいるけどやめられない」ことです。無知ではなく、無力こそ、私たちの問題です。

たとえ体は生きていても、魂が死んだような状態であれば、私たちの内側から、生き生きとしたいのちの力が失われてしまいます。肉体の死以上にやっかいなのが、この霊的な死です。

イエスさまは、ヤイロの娘にいのちを与えてくださいました。そして、再び立ち上がる力を与えてくださいました。イエスさまは、あなたにもいのちの力を与えてくださいます。

イエスさまが私たちのところに送ってくださる聖霊さまは、天地創造の時、土で作られた人形に過ぎないアダムに、いのちを与えました。聖霊さまは、私たちの内側にもいのちを与え、日々造り変えてくださいます。なすべき事を行なうことができない私たちに、それをする力や知恵、勇気、元気、やる気、根気を与えてくださいます。「イエスさま、助けてください」と願う力も、祈る力も無くしてしまっている私たちに、もう一度信仰の力を回復させ、力と愛に満ちた神さまとの関係を強固なものにしてくださいます。

2.何もできなかった

一方的に受け取る

この奇跡の間、娘は全く何もしていません。長血の女性のように、「必ずいやされる」と信じて、真剣に衣に触ったわけでも、ニコデモのように、仲間たちからの非難を恐れずイエスさまに会いに行ったわけでも、バルテマイのように信じて叫んだわけでも、あるいはしもべが病気になってしまったローマの百人隊長のように、イエスさまを驚かせるほどの信仰的な発言をしたわけでもありません。ただ、一方的に、イエスさまのなさったみわざの結果を受け取っただけでした。

私たちの救いも、あの娘と同じです。私たちは、自分の救いのために何もしませんでした。私たちは神さまを捨てて、自分勝手な生き方をしていたのに、神さまは一方的に私たちを愛し、求め、赦し、そして、徹底的に祝福したいと願ってくださいました。イエスさまは、十字架にかかって死ぬことで、私たちの身代わりに罪の罰を受けてくださいました。こうして、私たちは、永遠のいのちをただでもらうことになったのです。

確かに、救われるまでに聖書を読んだり、教会に通ったりしたかもしれません。しかし、それはイエスさまによる一方的な救いという、この福音(グッドニュース)をよく聞くためであって、それが救いの条件だからではありません。

私たちの問題は、私たちが弱いということではないように思います。私たちは逆に強すぎるのです。いろいろ助けてもらえればうれしいけれど、基本的には神なんかいなくても人生何とかなるさと思っています。努力しさえすれば何とかなると思っています。

しかし、聖書の救いはただです。一方的に与えられるものです。これを「恵み」と言います。

根本問題

長血の女性も、ニコデモも、バルテマイも、表面の症状はそれぞれ違いましたが、実は同じ問題を抱えていました。それは、「神は、この自分のことをどう思っているのか。この私を愛し、この私のことを気にかけてくれているんだろうか」という不安です。

表面的な必要の背後に霊的な必要があるということを、最もよく表しているのは、ヨハネ9章に出てくる盲人のいやしでしょう。「彼の目が見えないのは、誰が罪を犯したからですか」と弟子が質問したのに対し、イエスさまは「神のみわざが現れるため(神さまのすばらしさが、この人にも周りの人にも、ますます明らかになるため)」とおっしゃいました。

「お前が悪いから、こんなふうに問題を抱えているんだ」という因果応報の思想によって、彼は精神的にも苦しんでいました。しかし、イエスさまは彼を因果応報の呪縛から完全に解放しました。

「神さまは、私を愛し、私を特別に選び、私を通してすばらしいことをしようと計画しておられる!」 彼は目もいやされましたが、それは、神さまがこの人のことを熱烈に愛しておられるのだということを、周りの人たちに理解させるために過ぎません。目がいやされる前に、この人は既にいやされていたのです。

長血の女性も、ニコデモも、バルテマイも、そしてこの娘も、神さまが彼らを熱烈に、そして一方的に愛しておられるということを体験しました。神さまは、あなたのことも愛しておられます。そして、既にあなたを「私の愛する子、自慢の子」と呼んでくださっています。

3.立ち上がった

イエスの言葉への応答

「お嬢さん、起きなさい」というイエスさまの言葉を聞いたとき、この娘は死の淵からそれを聞き、そしてその命令に従って行動を起こしました。

よみがえった他の2人、ナイン村の青年とベタニヤ村のラザロも、「(棺桶の中から)起きなさい」「(墓の中から)出て来なさい」という言葉を聞いて、それに従って生き返りました。

様々な問題を抱え、時にいのちの力を見失ってしまうあなたに対して、イエスさまは何と語っておられるでしょうか。神のことばである聖書に、じっくりと目を通しましょう。そして、祈りの時間を取って静まり、神さまの思いを聞かせていただきましょう。

みことばを聞いたら、それに応答して、何かを決心することが大切です。それを行なう力は、聖霊なる神さまがくださいます。あなたは今、神さまから何を語りかけられていますか?

まとめ

イエスさまは、あなたにもいのちを与えてくださいます。

あなた自身への適用のためのディスカッションガイド


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