キリスト誕生の最初の預言

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創世記3章1〜15節

(2015.11.29)

参考資料

「園の中央にある木」(3節)とは、「善悪の知識を知る木」です。一般的にはリンゴだと言われることがありますが、そんなことは聖書は語っていません。

「そよ風の吹くころ」(8節)は、夕方のこと。

聖書からのメッセージ

イントロ

今日からクリスマスを待ち望むアドベント(待降節)が始まります。そこで、クリスマス礼拝前の3回は、どうしてそんなにクリスマスがめでたいのかを理解するのに役立つ、旧約聖書の箇所を学びましょう。

今日の箇所には、キリスト誕生の最初の預言が含まれます。

1.人類の堕落

サタンによる誘惑

アダムとエバが創造されて、エデンの園という完璧な環境に置かれました。二人は、お互いに仲良くしていただけでなく、他の動物たち、そして天地を造られた神さまとも毎日交わって、喜びを分かち合っていました。

そこに蛇が登場します。蛇が今のようにニョロニョロと這い回るようになったのは、14節に書かれているさばきの結果ですから、その当時どんな姿だったのかは分かりません。しかし、「蛇」と訳されている言葉は「輝く」という意味がありますから、おそらく見た目がとてもかっこよかったのかもしれません。

その蛇にサタンが乗り移ります。そして、エバと、またすぐ側にいたアダムが罪を犯すよう誘いかけます。罪とは、神さまの命令に違反するということです。すなわち、エデンの園に生えているどの木の実も食べていいけれど、中央にある「善悪の知識の木の実だけは絶対に食べてはいけない」というものです。しかも、食べると死ぬという警告付きでした。

しかし、サタンは言いました。「あなたがたは決して死にません。あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです」(4-5節)
サタンの真実
サタンの語ったことは、一部が本当で一部が嘘です。「それを食べると、目が開いて神のようになれる」というのは本当です。本来、何が正しくて何が間違っているのかを決める権威は神さまに属します。ですから、人間が自分で善悪を決めるというのは、まるで神になったようなものです。
サタンのウソ1
しかし、そこには大きな嘘が隠されています。サタンは、まるでそうなることが人類にとって幸せであるかのように語っています。しかし、人は本当の意味で神になることはできません。自分たちは自由だと主張するのはそれこそ自由ですが、神さまが作られた物理法則や精神的法則、そして霊的法則から逃れることはできません。

鳥は自由に大空を飛んでいるように見えますが、それでも物理法則に縛られています。それを受け入れ、物理法則を上手に利用しているから、ぐんぐんと大空に舞い上がることができるのです。神でないのに、まことの神を退けて独立してしまうなら、人は本当の幸せや自由を失ってしまうことになります。この話を読みましょう
サタンのウソ2
そして、サタンは、もう一つの嘘、神さまのご性質に関する嘘をつきました。すなわち、神さまはケチで意地悪な方だという嘘です。だから、あなた方が善悪を自分で判断できるような自由で偉大な存在になることを邪魔するために、本来安全なあの木の実のことを、食べると死ぬような危ない食べ物だなんて言うんだよ、と。

アダムとエバの応答

サタンのついた嘘に心惹かれたエバは、あらためて善悪の知識の木を見ました。すると、とても命を奪うような危険な食べ物には見えません。むしろおいしそうで魅力的です。そこで、食べてしまいました。そして、アダムにも与え、アダムも食べてしまいました。

アダムは知らずに食べさせられたのではありません。その場所にいて一部始終を見聞きしていました。彼は、地上を管理するリーダーであり、家族のリーダーでもあるのですから、サタンを退け、エバの罪を止める責任がありました。ところが、彼は一緒になって食べています。すなわち、アダムもまたサタンの嘘を受け入れて、神さまに逆らい、自分の好きなように生きることを選択したということです。

罪の結果

善悪の知識の木の実を食べて、確かに目が開かれました。そして、神さまのように、自分で善悪を決め、何をすべきかすべきでないかを判断するようになりました。神さまを捨てて、自分が自分の人生の神になったということです。
神との関係
当然、まことの神さまとの関係がおかしくなりました。

関係が全く良好な時は、神さまが全知全能、すなわち何でも知っていて何でもできるお方だというのは頼もしさの象徴でした。そのすばらしい知恵や力が祝福のために用いられるからです。

しかし、関係がおかしくなると、全知全能は恐ろしさの象徴となりました。きっとその底知れぬ知恵や力が刑罰のために用いられるからです。そこで、神さまがいつものようにエデンの園にやってこられると、とたんに二人は恐ろしくなって、隠れてしまいました。
自分自身との関係
また、彼らは自分自身を受け入れられなくなりました。裸の自分、すなわちありのままの自分のことを恥ずかしいと思うようになったのです。そして、いちじくの葉っぱで身を隠そうとしました。

今の私たちも、ありのままの自分に、いろいろなものをくっつけて、なんとか自分を良く見せようとします。学歴や社会的な地位、美容やブランド品、お金や財産、知識や能力などです。それらは別に悪いものではありませんが、あまりにもそれらを手に入れることそのものにエネルギーと時間を費やすと、疲れてしまいます。
他者との関係
そして、二人の関係もおかしくなりました。神さまに命令違反を指摘された時、アダムはエバのせいにしました。

また、16節には、エバに対すして、こんなさばきの宣告がなされました。「あなたは夫を恋い慕うが、彼は、あなたを支配することになる」。ここで言う「恋い慕う」とは、「相手を支配しようとする」という意味です(4:7参照)。すなわち、「夫婦が互いに相手を自分の思い通りにしようとする。夫婦の間に、支配合戦が起こる」という宣告です。

最初の人間関係である夫婦関係がぎくしゃくしたものとなったとき、他の人間関係、たとえば親子関係うや友人関係、仕事上の関係や近所の人や外国の人たちとの関係もぎくしゃくしたものになりました。
自然との関係
地の管理者であるアダムが堕落して呪われた結果、彼が管理していた被造物世界全体が呪われてしまいました。今のこの自然は、美しく感動的な姿をしていますが、時に人に対して牙をむきます。また、世界が創造された時には無かった死があります。今の自然は、本来の姿を失っているのです。

ですから、ローマ8:19-22にはこう書かれています。

「被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現れを待ち望んでいるのです。それは、被造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、服従させた方によるのであって、望みがあるからです。被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています」

救いとは、単に人類が救われるというだけではありません。全被造物が、最初に創造された時の、本来の姿を取り戻すということでもあるのです。
そして、罪の結果、神さまの警告通り、人は死ぬものとなりました。肉体的に死ぬだけでなく、あらゆる祝福の源である神さまから完全に切り離され、永遠に罰を受けて苦しむ時がやって来ます。いわゆる永遠のさばきびです。

自由と幸せを求めてサタンの誘惑に乗ったのに、人類はとんでもない不幸を招いてしまいました。そして、神さまに逆らおうとする性質と、これらの不幸は、アダムとエバの子孫である私たちにも受け継がれています。

このままであれば、人類に希望はありませんでした。しかし、神さまは、この罪の問題を解決することを計画してくださいました。それが「原福音」と呼ばれている神さまの言葉に表されています。

2.原福音

蛇への宣告

14節と15節は、「蛇」に向かって語られたさばきの宣告です。しかし、厳密に言うと、対象が異なります。14節は動物としての蛇に対する宣告ですが、15節は蛇に乗り移って人類を誘惑したサタンに対する宣告です。

まずは蛇への宣告について。上述の通り、アダムの罪の結果、あらゆる被造物が呪われててしまいましたが、その中でも蛇が最も重い呪いを招くことになりました。サタンに利用されて、人類の堕落に一役買ったからです。

なお、実際には蛇はちりを食べません。これは、「卑しい者とされる」「みじめな状態になる」ということを表す、ユダヤの慣用表現です(詩篇72:9など)。

サタンへの宣告

サタンに対しては、こう言われています。「わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく」

「おまえ」と呼ばれているのはサタンで、「女」はエバのことです。では、「女の子孫」と「お前の子孫」とは?
女の子孫
「女の子孫」は男性単数形で表現されているので、一人の男性だということは分かりますが、ここではそれ以上の情報がありません。

しかし、旧約聖書の歴史が進んでいく中で、神さまは少しずつ情報を小出しにして行かれました。まるでミステリー小説のようです。そして、新約聖書の福音書の時代、このお方が処女マリヤが生んだナザレのイエスだということが判明します。
お前の子孫
では、「おまえの子孫」、すなわちサタンの子孫とは誰かというと、これも聖書の歴史が進むにつれて明らかになっていきます。

今回は詳しく述べる時間がありませんが、聖書が「反キリスト」とか「不法の人」とか「獣」とか呼んでいる存在で、世の終わりの時代に現れて、悪魔的な力で世界を支配し、ユダヤ人を抹殺しようとする人物のことです。

救いの約束

さて、ここで注目したいのは、サタンは女の子孫のかかとに噛みつくが、女の子孫はサタンの頭を踏み砕くと約束されていることです。どちらが致命傷かと言えば、もちろん頭を踏み砕かれる方です。女の子孫は傷を負います。しかし、最終的にサタンを滅ぼしてくださいます。

サタンは人類を罪に誘惑しました。今もサタンとその配下である悪霊たちは人類を誘惑し続けています。そのサタンが滅ぼされるということは、人類の罪の呪いから解放されるという希望が示されたということです。

12月25日にイエスさまが誕生したとは聖書には書かれていませんが、多くの教会では、伝統的にこの日にイエスさま誕生を「記念」してお祝いをしています。創世記が約束した女の子孫、すなわち人類を罪の呪いから救い出す救い主(ギリシャ語でキリスト、ヘブル語でメシヤ)が誕生した。それを記念するのがクリスマスだから、クリスマスはめでたい日なのです。

まとめ

アダムとエバの経験は、私たちの経験でもあります。神さまを無視して自分勝手に生きることは、一見得で自由な生き方に見えます。しかし、様々な問題を私たちにもたらします。イエスさまは、そんな私たちの罪を取り除き、罪の呪いから解放してくださいます。

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