コミュニケーション・ギャップへの処方箋

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創世記11章1〜9節

(2016.2.21)

参考資料

2節の「シヌアル」(一般にはシュメールの名で知られています)は、バビロニアのこと。チグリス川とユーフラテス川に挟まれた地域をメソポタミアといいますが、その南部地域です。現在のイラクの中部に当たります。こちらのサイトも参照。

2節の「東の方から」は「東の方へ」とも訳すことができます。ノアの箱舟が着いたアララテ山は、トルコのイランやアルメニアとの国境付近にあり、バビロニアから見ると北の方角にあたります。ノアの子孫が、農業には適していないアララテ山から南西にある今のシリアやヨルダンの方に移動し、さらに東に向かって肥沃なバビロニアに定住したのでしょう。

3節の「瀝青」は炭化水素化合物(およびその混合物)で、天然のアスファルトやタールも瀝青の一種。今回の記事では、レンガ同士をくっつける接着剤として使われています。

9節の「バベル」は「バビロン」のことで、ノアの子ハムの孫であるニムロデが建てた都市の一つです(10:10)。「神の門」という意味の言葉から来ていますが、ここではヘブル語の「バラル」(混乱する)との語呂合わせになっています。

聖書からのメッセージ

イントロ

バベルの塔の事件から、私たちのコミュニケーションについての指針をいただきましょう。

1.傲慢と偶像礼拝

神のさばき

元々、世界には一つの言語しかありませんでした。ちなみにそれはヘブル語です。大洪水以前に出てくる人や町の名前、あるいは言葉遊びからそれが分かります。たとえば、アダムが初めてエバに会ったとき、「これを女と名付けよう。男から取られたから」と言っています。ヘブル語で男はイシュ、女はイシャで、言葉遊びになっています。

しかし、今や数え切れないほどの言語に分かれていて、受験生の頭を悩ませています。たくさんの国語が生まれた理由は、今日の箇所に書かれています。バベルの人々が高い塔を建てたことによって、創造主であるヤハウェは、人の言葉を混乱させ、お互いに意思疎通ができない状態になさいました。

では、高い塔を建てたことが、どうしてこんなさばきの原因になったのでしょうか。

さばきの原因

一つは、ヤハウェがノアと3人の子どもたちに語った命令への反抗です。ヤハウェはこうおっしゃいました。「生めよ。ふえよ。地に満ちよ」(9:1)。人類が世界中に広がることが、ヤハウェのみこころだったということです。

ところが、バベルの人々はこう言っています。「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。われわれが全地に散らされるといけないから」(4節)。彼らは全地に広がることを拒否しました。しかも、彼らは名をあげることを求めていました。これらは、ヤハウェに従うよりも、自分自身が神のようになって、思い通りの生き方がしたいという傲慢さと自己中心、すなわち罪の思いから出ています。

そして、もう一つのさばきの理由は、偶像礼拝です。塔と書かれていますが、おそらくこれは、後の時代にバビロニアで盛んに建造された、ジッグラトと呼ばれるピラミッドのような建造物だと思われます。古代バビロニアのジッグラトは、占星術と偶像礼拝のための聖所でした。

バベル、すなわちバビロンは、異教礼拝、偶像礼拝、オカルトの発祥の地です。そこで、聖書の中でバビロンという名前は、異教礼拝やオカルトの代名詞のように使われています(たとえば黙示録17:5)。

そして、このバベルの塔建設の首謀者は、バベルの町を作ったニムロデだと考えられています。10章にこう書かれています。

10:6 ハムの子孫はクシュ、ミツライム、プテ、カナン。
10:7 クシュの子孫はセバ、ハビラ、サブタ、ラマ、サブテカ。ラマの子孫はシェバ、デダン。
10:8 クシュはニムロデを生んだ。ニムロデは地上で最初の権力者となった。
10:9 彼は【主】のおかげで、力ある猟師になったので、「【主】のおかげで、力ある猟師ニムロデのようだ」と言われるようになった。
10:10 彼の王国の初めは、バベル、エレク、アカデであって、みな、シヌアルの地にあった。
10:11 その地から彼は、アシュルに進出し、ニネベ、レホボテ・イル、ケラフ、
10:12 およびニネベとケラフとの間のレセンを建てた。それは大きな町であった。


ここで、10:9の「【主】のおかげで」という言葉は、ヘブル語では「ヤハウェの顔の前に」で、ニュアンスとしては「ヤハウェに逆らって」という否定的な意味があります。ニムロデは、ヤハウェに逆らってやりたい放題の生き方をしました。猟師として動物を殺しただけでなく、さらには人間たちも殺して、恐怖によって人々を支配し、権力を得たのでしょう。

後にバビロニアで礼拝されるようになったマルドゥク(エレミヤ50:2の「メロダク」と同じ)という異教の神は、ニムロデが神格化されたものだと言われています。彼は自分を神としてあがめさせるため、その象徴としてバベルの塔を建設させたのでしょう。

恵みの要素

こうして、ヤハウェのさばきによって、様々な国語に分かれてしまい、人と人とがうまくコミュニケートできなくなってしまいました。

しかし、このさばきの中にも恵みの要素が与えられています。ヤハウェは、バベルの塔事件を理由として、再び全世界を大洪水で滅ぼすこともおできになりました。しかし、それをなさいませんでした。ノアに対して、二度と大洪水で地上を滅ぼすことをしないと約束なさったからです。「わたしはあなたがたと契約を立てる。すべて肉なるものは、もはや大洪水の水では断ち切られない。もはや大洪水が地を滅ぼすようなことはない」(9:11)

人間は、放っておくとヤハウェから心が離れていき、どんどん罪を犯すようになっていきます。一度大洪水でリセットされ、ノアとその子どもたちから新しい歴史が始まったのに、孫の代にはもう今回のような事件を起こしてしまいました。

私も含め、人間とはなんと罪深い生き物でしょうか。人は、自分の行ないによって救われることはありません。ヤハウェによる一方的な赦しによらなければ、決して救われることはありません。

私たちにも恵みの約束が与えられています。それは、福音、すなわちイエス・キリストの十字架と復活を信じるなら、私たちのすべての罪が赦されて、私たちは創造主であるヤハウェの子どもにしていただき、やがて考えられないような祝福を相続するということです。

第1コリント
15:1 兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、あなたがたが受け入れ、また、それによって立っている福音です。
15:2 また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、この福音によって救われるのです。
15:3 私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、
15:4 また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと、
15:5 また、ケパに現われ、それから十二弟子に現われたことです。
15:6 その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現われました。その中の大多数の者は今なお生き残っていますが、すでに眠った者もいくらかいます。
15:7 その後、キリストはヤコブに現われ、それから使徒たち全部に現われました。
15:8 そして、最後に、月足らずで生まれた者と同様な私にも、現われてくださいました。


あなたは、イエスさまの十字架と復活を信じなさいましたか? もしまだであれば、今ここで信じませんか?

2.バベルの塔を反面教師に

現代のコミュニケーション・ギャップ

さて、バベルの塔の事件以降、様々な言語が生まれ、コミュニケーションに問題が生じてしまいました。

しかし、今の私たちの生活を振り返ってみると、同じ日本語を使っているはずなのに、家族同士や友だち同士、同僚同士の会話が成り立たないことがあります。かと思えば、日本人同士よりも、片言の日本語しかしゃべれない外国人相手の方が、上手くコミュニケーションが取れる場合があります。

会話や発言の中で、人は様々な単語や表現を使いますが、たとえ同じ日本語を使っていたとしても、厳密にはそれぞれ人によって使っている意味が異なります。たとえば、同じ「ちゃんとする」という表現でも、「何をどうすることがちゃんとすることなのか」という解釈が、人によって違うということです。ですから、「ちゃんとしなさい」と言っただけでは、相手はこちらの期待通りの行動をしてくれないかもしれないのです。

謙遜な人は、「私の言うことを、相手は私が思っているような意味に解釈しないかもしれない」、あるいは「私は相手が言いたいことを正しく解釈していないかも知れない」と思い、何とかうまく伝わるように工夫をこらそうとするでしょうし、相手の言動に対する解釈が本当に正しいかどうか、じっくりと考えることでしょう。外国人相手の方がうまく伝わることがあるというのは、最初から「通じて当然」と思っていないから、あの手この手で伝えようとするし、一生懸命に聴いて理解しようとするからです。

しかし、相手が同じ日本人で、ましてや家族や友人だったりすると、私たちの心にはつい甘えが生まれます。そして、「通じて当然」という自己中心的な思いで、相手の立場を慮ることなく発言してしまったり、相手が語った言葉を自分勝手に解釈してしまったりします。

その結果、コミュニケーション・ギャップが生まれてしまいます。場合によっては、お互いに思わぬ誤解を招き、「なぜ分かってくれないんだ」「どうしていつもケンカをふっかけてくるんだ」「なんで嫌みなことばかり言うんだ」「どうして言ったとおりにしてくれないんだ」と、いやな思いをし、トラブルに発展することさえあります。

本来の姿に立ち返ろう

私たちが、元々人間に与えられていた、ぬくもりに満ちたコミュニケーションの力を取り戻すには、人としての本来の姿に立ち返る必要があります。本来の人間は、謙遜さを身につけ、自己中心ではなくヤハウェを中心として生きていくべき存在として造られました。

バベルの塔の事件で、人類の言葉が混乱したのは、人間が傲慢になってヤハウェに逆らい、それどころか自分が自分の人生の神になろうとしたことが原因でした。現代の私たちのコミュニケーション・ギャップも、根本に傲慢さと自己中心があります。

ですから、まず私たちの心をヤハウェに向け続けましょう。愛と恵みに満ちたヤハウェのみこころを学び、それを実践することに、私たちの意識や時間やエネルギーを注ぎましょう。

もちろん、私たちは不完全です。イエスさまによって、私たちの傲慢の罪、自己中心の罪、自己神格化の罪はすべて赦されています。もし、傲慢になってしまった、自己中心的な言動をしてしまったと気づかせていただいたなら、すぐに悔い改めましょう。そして、ヤハウェの望まれる生き方に立ち返りましょう。

話は通じないものである

その上で、バベルの塔以降、同じ国民同士であっても話は通じなくなったという前提で、コミュニケーションを考えることにしましょう。「話は通じないもの」なのです。

話が通じてないなと思ったときは、「どうして分かってくれないの?」と、傲慢な態度で相手を責める前に、「どう表現したら相手に伝わるだろうか」と考えて表現をあれこれ工夫してみましょう。

また、相手の言動にかちんと来たり傷ついたりしたときも、「自分は相手の言動を正しく解釈しているだろうか。もしかしたら、相手は善意や好意で行動しているのかも知れない」と考え直してみましょう。

仮に、相手が悪意で意地悪を言ったのだとしても、バベルの塔事件以降、「話が通じなくなった」のですから、相手の悪意をいちいち拾って傷つく必要はありません。この話をお読みください。また、この話もお読みください。

まとめ

イエスさまの愛と恵みを思いつつ、謙遜にヤハウェのみこころに従うよう努めましょう。それが、私たち人類に与えられているコミュニケーションの力を豊かに用いる秘訣です。

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