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創世記12章6〜20節

(2016.3.6)

参考資料

このとき、アブラムが75歳で、妻のサライは65歳でした。この当時の寿命は、現代の倍以上ありましたから、サライの見た目は今の30歳前後といったところでしょう。パロ(ファラオ。エジプト王の称号)の後宮に召し入れられたのも不思議ではありません。

サライは、アブラムの異母妹でしたから(20:12)、エジプトの人々に彼女を妹として紹介したのは本当のことでした。しかし、動機を見れば、エジプトの人々をだます意図がありましたから、これは明らかに嘘です。

聖書からのメッセージ

イントロ

後に信仰の父アブラハムと呼ばれるアブラムですが、この段階ではまだまだ未熟です。アブラムが成長のために受けた訓練を学ぶことで、私たちもまた信仰を成長させていただきましょう。

1.信仰のテスト

アブラムへの約束

約束の地カナンに着いたアブラムに、創造主の神ヤハウェは、あらためてアブラハム契約を確認なさいました。「そのころ、【主】がアブラムに現れ、そして『あなたの子孫に、わたしはこの地を与える』と仰せられた。アブラムは自分に現れてくださった【主】のために、そこに祭壇を築いた」(7節)

この時点で、アブラムとサライには子どもがいませんでしたが、子孫に土地が与えられるということは、必ず子どもが与えられ、その子から子孫が増え広がるということです。アブラムは、あらためてヤハウェの約束を信じ、感謝の礼拝をささげました。

アブラムへのテスト

さて、信仰にはテストが伴います。今回のテストは、激しい飢饉でした。食糧や牧草が足りなくなったのです。

なぜこれが信仰のテストなのか考えてみましょう。アブラムは、子孫にカナンの地が与えられるという約束を受けていました。この時点でアブラムとサライには子どもがいませんでしたから、子どもが生まれるまでアブラムとサライは死なないはずです。仮に死にそうな状況が訪れても、ヤハウェが必ず守ってくださるはずです。

飢饉の中でも、ヤハウェの守りを信じること。これが今回のテストの内容です。

ところが、この時のアブラムには、そこまでの信仰が育っていませんでした。飢饉が非常に厳しくなると、このままでは自分たちは飢え死にしてしまうと考えました。そして、ナイル川のおかげで飢饉知らずのエジプトに下っていきました。

私たちへの約束とテスト

私たちには、アブラハム契約は与えられていません。しかし、イエス・キリストを信じてヤハウェの子どもにしていただいた私たちには、たとえば次のような約束が与えられています。

ローマ
8:35 私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。
8:36 「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。
8:37 しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。
8:38 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、
8:39 高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。


クリスチャンは死なないわけではありません。しかし、たとえ命を奪われても、それに勝る祝福が待っています。そのことを思うとき、一つ一つの問題に一喜一憂することがばかばかしくなります。「何があっても大丈夫」という平安がやってきます。問題は、その信仰を試すテストです。

問題がやってきたときには、「これは私の信仰を試すテストである」と考えてみましょう。どんな約束を信じることが試されているのでしょうか? その問題のただ中で、あなたはどんな行動を取るよう、イエスさまに期待されているのでしょうか?

2.人間の知恵のほころび

アブラムの作戦

ヤハウェに対する全幅の信頼を持っていなかったアブラムは、エジプトでも自分の知恵だけによって自分の身を守ろうとします。サライが美しいため、エジプト人が自分を殺してサライを奪い去るのではないかと恐れたアブラムは、彼女を妹だと偽ることにしました。

古代の中東では、男性が女性を妻にしようとする場合、花嫁料を提示して彼女の父親(いない場合には兄弟)と交渉します。アブラムがサライの兄なら、サライを求める男はアブラムを殺すのではなく、交渉しようとするでしょう。のらりくらりと交渉を長引かせれば、隙を見てサライを連れて別の町に逃げ出すことができるとアブラム考えたのです。なかなか良い作戦のように思えます。

ほころび

ところが、パロ(エジプト王)が強制的にサライを後宮に召し入れてしまいました。アブラムはサライを連れて逃げ出すチャンスを失ってしまいました。人間の知恵は、もしもヤハウェのみこころに反しているなら、その時は良いもののように思えても必ずほころびが生まれます。

私たちも、頭を使って生きることは大切ですが、それ以前に、イエスさまへの信頼を失っていないかどうか、いつもチェックする必要があります。その行動は、イエスさまを信頼した結果ですか? それとも信頼していない結果ですか?

3.赦しと再出発

ヤハウェの介入

人間の計画は破綻してしまいました。それどころか、アブラムとサライに子孫を与えるというアブラハム契約そのものが破綻しようとしていました。しかし、ヤハウェは約束を守るお方です。ヤハウェ自らがこの問題に介入なさり、パロとエジプトの国を災害で打つことによって、パロがサライに触れることができないようになさいました。

おそらくヤハウェは、パロに災害をもたらしたのがご自分であり、その理由がアブラムの妻を奪ったからだと教えたのでしょう。パロはアブラムを呼び出して責め、エジプトの国から追放してしまいました。

アブラムは身の引き締まる思いを感じたことでしょう。そして、失敗を通して信仰が成長しました。次週はロトとの争いと別れの箇所を取り上げますが、アブラムのヤハウェへの信頼が確実に大きくなっていることが分かります。

私たちも信仰が弱くなった結果、失敗することがあります。しかし、私たちの弱さは、イエスさまの十字架によって完全に赦されています。私たちが失敗したからといって、ヤハウェが私たちの救いを取り消すことは決してありません。必ず赦し、再出発させてくださいます。ですから、不信仰に陥っていたと気づいたら、すぐに悔い改めて、ヤハウェへの信頼を取り戻し、イエスさまが望まれる生き方に戻りましょう。

結果は刈り取る

アブラムの信じる神、ヤハウェを恐れたパロは、すでに与えた花嫁料、すなわち16節にある、羊、牛、ロバ、男女の奴隷、雌ロバ、らくだといった財産を取り上げることはしませんでした。アブラムは、嘘をついてエジプトに迷惑をかけたにもかかわらず、かえってたくさんの財産を持ってカナンの地に帰ることになったのです。

ただし、これは必ずしも祝福とは言えません。実は、エジプトでたくさんの財産を得たことで、アブラムはこの後つらい目に遭ってしまうことになります。次の章では、自分の家畜とロトの家畜が同じ場所で水や牧草を手に入れることが難しくなり、争いが起きて、一緒に暮らすことができなくなりました。

そして、やがて子どもを持つことをあきらめたサライは、女奴隷ハガルをアブラムに与えます。ハガルはエジプト人ですから、パロにもらった花嫁料の一部だったわけです。これにより、長男イシュマエルが生まれ、その結果、家庭の中が後々まで争いで満ちあふれることになります。これは、今のユダヤ人とアラブ人の争いにもつながっています。

イエスさまの十字架によって、罪は必ず赦されます。しかし、結果は刈り取らなければならないことがあります。ですから、「どうせ赦されるんだから安心して罪を犯そう」という考えは愚かだということを知ってください。

むしろ、私たちは、無限に赦してくださる父なる神さまの恵み、私たちを赦すためにご自分の命をささげてくださったイエスさまの愛に感謝して、ヤハウェを愛し、信頼して、従っていきましょう。

まとめ

実は、今回で懲りたはずなのに、サライを妹だと偽る罪は、20章でまたやらかしてしまいます。その他にも、アブラムは何度も失敗します。しかし、そのたびにアブラムは悔い改めてヤハウェを信頼する生き方に戻りました。そして、失敗を繰り返しながら、少しずつ少しずつ信仰を強くしていきました。

私たちの信仰も工事期間中です。一生かけて少しずつでも成長させていいただきましょう。

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