神との和解

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創世記9章57〜58節

(2016.3.22)

参考資料

この時、ヨセフは39歳です(30歳でエジプトの宰相となり、7年の大豊作を経験した後に始まった大飢饉が2年目です)。

18節のパロ(ファラオ)とは、日本の天皇、ローマのカイザルのような、エジプト王の称号です。

聖書からのメッセージ

イントロ

今日の箇所で、ヨセフと兄弟たちの和解が果たされます。聖書の教えを理解するキーワードの一つが「和解」です。私たちにとっての和解とは、いったいどういうことでしょうか。

1.ヨセフと兄弟たちの和解

前回から今回までの話の流れ

前回、ヨセフは、パロ(エジプト王)の夢を解き明かし、王に次ぐ地位を与えられました。そして、7年の大豊作の間に食物を蓄え、続く7年の大飢饉に備えました。

飢饉が始まって2年目(45:6)、ヨセフの父ヤコブは、食糧を買うため、末子ベニヤミンを除く10人の息子たちをエジプトに派遣しました。彼らに謁見したヨセフは、兄たちだと気づきましたが、正体を隠した上で、わざと彼らをスパイ扱いし、次男シメオンを拘束して、釈放して欲しければ末弟ベニヤミンを連れて出直すよう命じました。

話を聞いたヤコブは、最初はベニヤミンをエジプトにやるのを嫌がりました。彼が最も愛した妻ラケルが産んだ子は、ヨセフとベニヤミンでしたが、ヨセフは野獣に殺されたと思っていて(実際は、10人の兄たちが奴隷として売り飛ばしたのですが)、残るベニヤミンにまで死なれては耐えられないと思ったからです。しかし、買ってきた食糧が無くなると、四男ユダの説得もあってしぶしぶ了承しました。

ベニヤミンと共に兄たちがエジプトにやってくると、ヨセフはシメオンを釈放し、11人のために宴会を開きました。ところが、しもべに命じて、自分の銀の杯をベニヤミンの袋の中に隠させました。そして、帰国の途にある兄弟たちの元にしもべを遣わし、ベニヤミンの袋の中に銀の杯があるのを確認させました。こうして、11人はヨセフの元に戻ってきました。

ヨセフの意図

ヨセフは、なぜこのようなことをしたのでしょうか。自分にねたみを抱き、エジプトに売り飛ばした兄たちに復讐するためではありません。もしそうだとしたら、無関係のベニヤミンを巻き込む必要はありませんね?

それは、兄たちの心が以前と同じなのか、それとも自分を殺そうとしたり、売り飛ばしたりしたことを悔いているのかを知ろうとしたからです。

シメオンを拘束された兄弟たちは、42:21でこのようにつぶやいています。「ああ、われわれは弟のことで罰を受けているのだなあ。あれがわれわれにあわれみを請うたとき、彼の心の苦しみを見ながら、われわれは聞き入れなかった。それでわれわれはこんな苦しみに会っているのだ」

そして、これを聞いたヨセフは、耐えられなくなり、席を外してしばらく泣きました。

しかも、兄弟たちは、シメオンを見殺しにすることなく、ベニヤミンをつれて戻ってきました。さらに、ベニヤミンの袋の中から銀の杯が出てくると、みんな一緒にヨセフのところに戻ってきて、あわれみを求めてひれ伏しました。彼らの人格が、すっかり変えられていたのは明らかでした。

涙の和解

ここで、四男ユダに注目してみましょう。最初、父ヤコブは、ベニヤミンをエジプトにやろうとしませんでした。しかし、シメオンを救い出し、食糧をさらに手に入れるためには、どうしてもベニヤミンを連れて行く必要があります。そこで、ユダは自分が責任を持ってベニヤミンを連れ帰らせると保証しました。

ところが、ベニヤミンに盗難の疑いがかけられました。実際にはそれは無実の罪でしたが、物的証拠が出てしまいましたから、大国の支配者相手に言い逃れはできません。ヨセフは、罪を犯したベニヤミンだけが罰を受ければよく、他の兄弟たちは釈放すると言いますが、ユダは自分が身代わりに罰を受けて奴隷になるから、ベニヤミンを釈放して父の元に返して欲しいと願います。

ユダの言葉を聞き、彼や他の兄弟たちの真心に触れたヨセフは、もう黙っていることができなくなり、涙ながらに自分はヨセフだと告白しました。そして、事情を知った兄弟たちと、口づけし、抱きしめ合って再会を喜びました(45:14-15)。

2.私たちの和解

私たちは和解を必要としている

ヨセフと兄弟たちの関係で、和解を必要としていたのは、ヨセフではなく兄弟たちの方でした。なぜなら、ヨセフは世界有数の軍事大国の王に次ぐ支配者であり、もしもヨセフが兄弟たちに復讐しようと思えば、彼らの首はあっという間に胴体を離れ、二度と肩こりに悩まされることは無くなるでしょう。

私たちの場合はどうでしょうか。私たちは、天地をお造りになった創造主ヤハウェとの関係で、どうしても和解を必要としています。なぜなら、私たちはヤハウェに対して罪を犯しており、ヤハウェの怒りによって滅ぼされても文句の言えない存在だからです。

このことを理解するには、聖書が教える「罪」について知る必要があります。聖書が教える罪とは、犯罪を犯すとか、多くの人が非難するような行ないをするとかいうことではありません。それは、ヤハウェを人生の主として尊敬せず、愛せず、信頼せず、その命令に従おうとしないことです。

しかも、正義の神であるヤハウェが要求しておられるのは、100%完璧な従順です。99.9%のできでもだめです。しかも、ただの1度でも失敗すれば、罪人と見なされてしまいます。そんな厳しい基準で裁かれたら、「自分には罪がない」と主張できる人間はいません。だから、聖書はこう言うのです。「義人はいない。ひとりもいない」(ローマ3:10)

もしも、ヤハウェが怒りによって私たちの罪に復讐しようとなさるなら、誰一人としてその刑罰を逃れることはできないでしょう。そして、その刑罰は、永遠に終わることのない苦しみです。

これは大変です。私たちは、ヤハウェと和解しなければ、たとえ生きている間は面白おかしく暮らせたとしても、とんでもない未来を刈り取ることになります。

ヤハウェは和解を望んでいる

しかし、ここに喜ばしい知らせがあります。それは、ヤハウェは私たちを罰し、滅ぼすことを望んでいらっしゃらないということ、ヤハウェの方が和解したいと強く願っていてくださっているということです。

兄たちは、目の前にいる偉い人がヨセフだとは夢にも思っていません。だから、彼らの方が和解したいと願ったわけではありません。一方、ヨセフは、兄たちの罪深い思いと行ないによってひどい目に遭った被害者です。ですから、復讐する権利を持っています。しかし、そのヨセフが兄たちと和解をしたいと思い、行動を起こしました。

ヤハウェと私たちの関係も同じです。私たちが、天地をお造りになった創造主がいらっしゃるということを知り、この方に従わなければならないと知る前に、すなわち堂々とヤハウェを無視し、逆らってきたときに、ヤハウェは私たちの罪を赦し、和解して親しい関係を結びたいと願ってくださいました。

この認識はとても重要です。私たちは、クリスチャンになってからも、罪を犯します。時には、悪いと分かっていて、それでも積極的にその悪いことを行なってしまうことがあります。そして、やがて後悔し、落ち込み、自分を責めます。そのとき、罪の赦しが私たちから出たものでなく、ヤハウェから出たものだということを忘れてしまうと、赦しが信じられなくなり、ヤハウェに愛され、祝福されていることも信じられなくなり、ますます苦しくなることでしょう。

救いはあなたが望んだから与えられたものではありません。ヤハウェの方が、あなたを救い、愛し、祝福したいと願ってくださった結果、あなたのものになりました。

キリストによって和解が実現した

ヤコブの息子12人の中で、やがて救い主を生み出すのは、(ヨセフではなく)ユダの家系です(マタイ1章)。このとき、盗みに関しては無罪だったユダが、ベニヤミンの身代わりとなって罰を受け、ベニヤミンに赦しをもたらそうとしたように、救い主イエスさまも、私たちの身代わりに罪の罰を受けてくださいました。

ヤハウェは私たちの罪を赦し、和解したいと願われました。しかし、ヤハウェは正義の神ですから、罪を無かったことにするわけにはいきません。罪は必ず裁かれなければ、神さまの正義が成り立たないのです。では、どうして私たちは罪が赦され、神さまと和解し、神さまの子どもにさえしていただけたのでしょうか。それは、罪の罰をイエスさまが身代わりに受け、十字架にかかり、死んで葬られたからです。そして、イエスさまは3日目に復活なさり、今も生きていて、私たちのために父なる神さまに取りなしをしてくださっています。

最後に、和解について教えている新約聖書の箇所を読みましょう。

「こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。ちょうど神が私たちを通して懇願しておられるようです。私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います。神の和解を受け入れなさい」(第2コリント5:20)
  • 私としては、「懇願」のニュアンスを強めるために「神の和解を受け入れてください」と訳したいところです。

まとめ

私たちは、自分の正しさ、きよさ、立派さによって救われたわけではありません。ですから、まるで自分の正しさの故に救われたかのように、自分の正しさやきよさを自慢し、そのために他の人を貶めるようなことを言って、傲慢な態度をとらないように気をつけましょう。

そして、いつもイエスさまに感謝を捧げましょう。

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