招かれている者として

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創世記45章4〜28節

(2016.7.24)

参考資料

8節の「パロ」(ファラオ)とは、日本の天皇、ローマ帝国のカイザルなどと同様、エジプト王の称号です。

10節の「ゴシェンの地」の正確な場所は不明ですが、ナイル川河口デルタの東の地域だと考えられています。地図はこちらをご覧ください。

28節の「イスラエル」とは、まことの神ヤハウェによって与えられた、ヤコブの新しい名です。

聖書からのメッセージ

イントロ

ヨセフがヤコブ一家をエジプトに招こうとしています。私たちクリスチャンも、神の国に招かれています。招かれた者としてのクリスチャンの心構えについて学びましょう。

1.過去の罪について、自分や他人を責めてはならない

罪の故に自分を責めない

兄弟たちに正体を明かしたヨセフは、5節でこう言っています。「今、私をここに売ったことで心を痛めたり、怒ったりしてはなりません。神はいのちを救うために、あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです」。これは、ヨセフをねたんだり、殺そうとしたり、売り飛ばしたりした過去の罪を理由に、自分を責めてはいけないということです。

なぜならば、ヨセフは、過去の罪を悔い改めた兄たちをもう赦しているからです。そして、むしろその出来事が、天地をお造りになったまことの神ヤハウェの働きによって、(兄たちを含めて)家族全員が飢餓から救い出されるという最善の結果を生み出したと語っています。神さまもまた、悔い改めた兄たちの罪を赦しておられるということです。

私たちもそうです。私たちの罪は、イエス・キリストの十字架と復活によって完全に赦されています。ですから、いったん告白して赦された過去の過ちについては、もう自分を責める必要はないし、そんなことをしてはいけません。それはむしろ、イエスさまの救いのわざを否定したり値引いたりする失礼に当たります。

罪の故に他人を責めない

また、兄弟たちが家族を呼びにカナンの地に帰る際、ヨセフはこう釘を刺しています。「途中で言い争わないでください」(24節)。これは、過去の罪を理由に、互いに責め合ってはいけないということです。なぜなら、先ほど言ったとおり、ヨセフはその罪をもう赦しているし、神さまも赦しておられるからです。

自分がイエスさまの尊い犠牲によって、どんなに大きな罪を赦していただいのかということを知り、感謝している人は、自分を責めないだけでなく、他の人の不完全さに対しても寛容に接することができますし、その成長を忍耐深く見守ることができます。そして、赦しの確信と感謝が深ければ深いほど、他の人にも優しくなれます。「他者受容は自己受容に比例する」のです。

罪を責めろと書いてある?

その一方で、イエスさまはこう命じておられます。「また、もし、あなたの兄弟が罪を犯したなら、行って、ふたりだけのところで責めなさい。もし聞き入れたら、あなたは兄弟を得たのです」(マタイ18:15)。責めろって書いてあるじゃんか!?

ただし、これは悔い改めていない人が対象です。ヨセフの兄弟たちは、先週学んだとおり、すでに自分たちのやったことを悔いていましたし、実際に生き方まで変わっていました。すでに悔い改めていたのです。

そして、たとえ責めるにしても、それは相手が立ち直れないようなダメージを与えるような伝え方であってはなりませんし、自分の正しさを際立たせるために、他人の罪を指摘して引き下げるような言い方になってもいけません。

目的は兄弟を得るため、すなわち、同じ神さまの子どもとして愛し合い、尊敬し合い、共に神さまに従い、神さまの栄光を表す存在となるためです。ですから、当然ながら柔和な言い方で、愛を込めて伝える必要があります。「兄弟たちよ。もしだれかがあやまちに陥ったなら、御霊の人であるあなたがたは、柔和な心でその人を正してあげなさい。また、自分自身も誘惑に陥らないように気をつけなさい」(ガラテヤ6:1)

2.地上のものにとらわれ過ぎてはならない

家財に未練を残してはならない

ヨセフの兄弟たちがエジプトにやってきたと知ったエジプト王は、ヤコブ一家を全員エジプトに招くようヨセフに命じました。これでヤコブ一家は、ヨセフが個人的に呼び寄せるのではなく、国賓待遇になったわけです。

そして、王はヤコブにこう伝言しました。「家財に未練を残してはならない」(20節)

なぜかといえば、「私はあなたがたにエジプトの最良の地を与え、地の最も良い物を食べさせる」(18節)からであり、「エジプト全土の最良の物は、あなたがたのものだから」(20節)です。

やがていく神の国は良い所である

イエスさまは私たちにもこう約束しておられます。「わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです」(ヨハネ14:2-3)

そこは、あらゆる祝福の源である父なる神、子なるイエスさま、聖霊さまがおられる天国です。そこに、私たちクリスチャンは招かれています。イエスさまが私たちを迎えに来られるとき、すでに死んでいるクリスチャンは栄光の体に復活し、まだ生きているクリスチャンも栄光の体に変えられて、共に空中に引き上げられ、イエスさまに連れられて天国に迎え入れられます。

ヤコブ一家はエジプトに迎えられて終わりでしたが、私たちの場合はそれだけでは終わりません。クリスチャンが天に迎え入れられた後(どんなに短くても7年後)、イエスさまは地上に戻ってこられ、サタンを捕らえ、地上のすべての悪を滅ぼされます。こうして、イエスさまが治める王国が地上に実現します。私たちクリスチャンはそこにも招かれて、復活した旧約時代の聖徒たちや、クリスチャンが天に引き上げられた後に救われた人たちと共に、1000年の間過ごします。

さらにその後、今の天と地が消え去って、新しい天と地が創造され、地上に新しいエルサレムが天から降ってきます。私たちは、そこにも招かれていて、永遠に住むことになります。
  • 世の終わりに起こる出来事については、こちらのページでより詳しく解説しています。
これら神さまが治める国は、どれほど喜びと感動と平安に満ちた所でしょうか。神の国は、地上の国エジプトよりももっともっと素晴らしい所です。

だから

ですから、地上の物事に、あまりこだわりすぎないようにしましょう。いろいろな快楽や、恋愛や、お金や、地位や、社会的な成功などは大切です。決しておろそかに扱ってはいけません。仕事も学業も一生懸命に取り組むべきですし、適度に趣味を楽しむことも必要です。

しかし、それらにとらわれすぎると、私たちは振り回されて一喜一憂するようになります。そして、かえって自分や他の人を不幸にしてしまいます。

天国には、今地上で持っているものを何一つ持って行くことができません。この体でさえ持って行くことができません。ですから自由な考え方をしましょう。持っているなら尊いことのためにそれらを一生懸命に使い、持っていなければそれを嘆かないで、今持っているものを尊いことのために一生懸命に使おう、と。

それがどんな状況でも幸せを感じられるコツです。使徒パウロはこう言っています。「私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです」(ピリピ4:12-13)

3.ためらわずに救いを受け入れる

他の人に伝えるために

この項目は、直接的にはまだクリスチャンではない人、すなわち、自分の罪のためにイエスさまが死んで葬られ、復活なさったことをまだ受け入れていない人が対象です。

しかし、これを私たちクリスチャンが知ることはとても大切です。チャンスがあれば、その人たちに伝えることができるからです。

ためらわないで

ヨセフは、9節でヤコブに対してこう伝言しました。「ためらわずに私のところに下って来てください」

そして、当のヤコブは、ヨセフが生きていて、自分たちをエジプトに招こうとしていることを知って、28節でこう言いました。「それで十分だ。私の子ヨセフがまだ生きているとは。私は死なないうちに彼に会いに行こう」。彼はためらわず、即座に行動しました。

今は恵みの時、今は救いの時

救いは、今はすべての人に向かって提供されています。イエス・キリストが自分の罪を赦すために十字架にかかり、死んで葬られ、3日目に復活したと信じるなら、どんな性格の人であっても、過去どんな生き方をしてきた人であったとしても、直ちに罪が赦され、神さまの子どもとされ、救われます。第2コリント6:2に「今は恵みの時、今は救いの日です」と書かれている通りです。

しかし、あくまでも「今は」です。恵みの時、救いの時がいつまでも与えられ続けるわけではありません。世界の歴史の流れの中でも、やがて今の恵みの時、救いの時が終わって、もう救いを受け取ることができない時がやってきます。

それだけでなく、私たち個人の人生を見ても、救いを信じて受け取らないと手遅れになるデッドラインが用意されています。それは、肉体的に死ぬときです。

ヤコブが「死なないうちに」とつぶやいたように、私たちも生きている間にイエス・キリストを信じ、神さまからの一方的な救いを受け取らなければなりません。もしまだイエスさまを信じていない方がおいでなら、いつまでも先延ばしにしないで、今すぐ信じることをおすすめします。

救われたいけれど、何を信じたらいいのか、あるいはどうやって信じたらいいのか分からないという方は、ぜひ私たちにメールをください。

そして、私たちクリスチャンも、機会を捉えて、イエスさまによる救いを伝え、信じるようおすすめしましょう。伝道のチャンスは、永遠に続くわけではありませんから。

まとめ

私たちも救われ、天の御国に招かれています。それにふさわしい生き方を選び取りましょう。

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