モーセの80年

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出エジプト記2章1〜22節

(2016.8.14)

参考資料

1節の「レビの家」は、イスラエルのレビ族のこと。レビはヤコブの三男。レビ族は、後にまことの神ヤハウェに仕える仕事を任されます。

3節の「瀝青」は、炭化水素化合物(およびその混合物)で、天然のアスファルトやタールも瀝青の一種。バベルの塔建設の時には、レンガ同士をくっつける接着剤として用いられました。

4節のモーセの姉は、ミリヤム(マリヤ)という名です。モーセには、他に3歳年上の兄アロンがいます。

6節の「ヘブル人」は、イスラエル人(ユダヤ人)のこと。川を越えてきた人という意味。アブラハムが、ウルからユーフラテス川を超えてカナンの地にやってきたことから。

7節の「パロ」は、エジプト王の称号。

10節の「モーセ」(ヘブル語でモシェ)は、マシャ(引き出す)から来ています。

18節の「レウエル」は、3:1では「イテロ」という名で呼ばれていて、ミデヤンの祭司と言われています。ミデヤン人も、アブラハムの子孫です(ミデヤンは、アブラハムの側室ケトラが産んだ6人の子の1人です)。

22節の「ゲルショム」は、「寄留者」(ヘブル語でゲル)から名付けられました。モーセ夫妻には、もう1人エリエゼル(神は助けという意味)という息子が生まれます(18:4)。

聖書からのメッセージ

イントロ

なかなか状況が開けてこないことがあります。どうしてこんな目に遭わなきゃいけないのだろうかということがあります。自分がどこに進んでいっていいのか分からないときがあります。今回取り上げるモーセの体験は、そんな私たちへの励ましです。

1.モーセの体験

幼少期

いよいよ出エジプト記の中心人物であるモーセが誕生しました。しかし、当時は、パロ(エジプト王)によって「イスラエル人の男の子が生まれたら、ナイル川に投げ込め」という過酷な命令が出ている時期でした(1:22)。両親は3ヶ月間モーセをかくまいましたが、隠しきれなくなって、泣く泣くモーセを捨てることにしました。防水加工を施したかごに入れて茂みに置いておけば、イスラエル人の子だと知らずに拾って、育ててくれるエジプト人がいるかもしれないと思ったのでしょう。

ちょうどその時、パロの娘が水浴びに現れ、モーセを発見します。その様子を見ていたモーセの姉ミリヤムは、ちゃっかり自分たちの実の母を乳母として推薦しました。パロの娘はその推薦を受け入れ、モーセの母に、自分に変わって育てるよう依頼しました。

モーセは立場としてはパロの娘の子、すなわちエジプト人とされたわけですから、迫害から守られることになります。それだけでなく、養育費まで支払ってもらったのですから、両親にとっては夢のような話ですね。

こうしてモーセは、幼少期をイスラエル人の家で育ちました。すなわち、彼はイスラエル人として宗教教育を受けたということです。彼は、人の手によって作られたエジプトの神々ではなく、人も世界も創造なさった唯一絶対の神ヤハウェを知り、この方を愛し、この方と交わり、この方に仕えることを学びました。

イスラエルは、世界を救いに導くために、まことの神ヤハウェと契約を結んだ民です。ですから、そのリーダーは、単なる政治的なリーダーではなく、信仰のリーダーでもなければなりません。この時期のモーセは、イスラエルのリーダーとして、最も大切な素養を養われたということですね。

青年期

青年になったモーセは、パロの娘の子として王宮に迎え入れられました。

この頃のモーセについて、使徒行伝に登場するステパノは、こう語っています。「モーセはエジプト人のあらゆる学問を教え込まれ、ことばにもわざにも力がありました」(使徒7:22)。モーセは、民を導く王族の一人として教育を受け、リーダーとして必要な能力を養っていったということです。

ステパノの説教の続きを見ていきましょう。「四十歳になったころ、モーセはその兄弟であるイスラエル人を、顧みる心を起こしました。そして、同胞のひとりが虐待されているのを見て、その人をかばい、エジプト人を打ち倒して、乱暴されているその人の仕返しをしました。彼は、自分の手によって神が兄弟たちに救いを与えようとしておられることを、みなが理解してくれるものと思っていましたが、彼らは理解しませんでした」(7:23-25)

エジプトの王族として育ったモーセですが、心はイスラエル人です。イスラエルを虐げるエジプトに対して、内心は怒りを感じていました。さらに、イスラエルを救い出せるのは自分だという思いを、だんだんと膨らませてきます。そして、それがあるとき爆発して、イスラエル人を打ち叩いているエジプト人を殺してしまいました。

モーセは、イスラエル人のために殺人を犯したわけですが、イスラエル人にも受け入れられませんでした。しかも、パロに殺人のことがばれてしまい、モーセは国外に脱出せざるを得なくなります。

中年期

ミデヤンの野に逃れたモーセは、レウエルの元に身を寄せ、彼の娘の一人チッポラと結婚しました。そして、レウエルの羊を飼って生計を立てていました(3:1)。そして、40年の歳月が過ぎます(使徒7:30)。

ここでもモーセは大切なレッスンを学びます。それは、「神の働きは、神と共に働かない限り決して成功しない」ということです。

40歳の頃のモーセは元気いっぱいで、「自分が、自分が」という思いで行動しました。そして、イスラエルをエジプトの圧政から救おうと立ち上がりますが、失敗してしまいます。ミデヤンの野に逃れてきたころのモーセは、、失意のどん底だったことでしょう。

そして、40年間レウエル家の婿として安定した生活を続けていくうち、「自分がイスラエルを解放する」という熱い夢も消え去り、このまま羊飼いとして一生を終えるのもいいかなと思うようになっていたかもしれません。

モーセは、40年かけて「この自分がやるんだ」という自我を砕かれていきました。それは、ビジネスなどの世界ではさておき、神さまの働きにとっては良いことです。そうして、いよいよモーセは、イスラエルの真のリーダーとして神さまに任命されることになります(3章)。

また、40年間羊飼いとして荒野を歩き続けたことにより、彼は頑強な肉体と様々なサバイバル術を身につけました。後に彼は、300万人からのイスラエル人をつれて荒野を旅することになりますが、このとき身につけた体力やサバイバル術は、きっと大いに役立ったことでしょう。

2.私たちへの励まし

経験は決して無駄にならない

モーセは、イスラエルをエジプトの圧政から救い出そうとして、40年間の回り道をしました。一見無駄な時間が過ぎたようですが、神さまの目から見れば決して無駄ではありませんでした。モーセが赤ちゃんの頃から80年かけて積み重ねてきた経験は、すべてイスラエルのリーダーとなるために、この後有効に用いられることになります。

私たちも、
  • なぜ今こんな無駄なことをし続けなければならないのだろうかと思うことがあります。
  • どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだろうかという、長い苦難の時を過ごさなければならない場合があります。
  • いつまでたっても状況が変わらず、夢も希望も見失いそうになることがあります。
それでも、今のあなたの経験は、必ず神さまの尊い働きをする上で役に立ちます。

3つのレッスンを積み重ねよう

特に、モーセが経験した3つのレッスンは、私たちにとっても大切ですね。
  1. まことの神ヤハウェを知り、この方を愛し、この方と交わりを深め、この方に仕えるレッスン。ここがクリスチャンの人生の土台です。
  2. 多くの知識を得、学習する経験。いくつになっても、頭や体を鍛え、新しいことを学習することを忘れず、様々なことにチャレンジして、頭や体を鍛えるようにしましょう。
  3. 「自分が、自分が」という自我を押さえ、ヤハウェと共に働くことの意味を学ぶ、謙遜のレッスン。失敗して落ち込むことがあったとしても、それもまたレッスンの一環だと知りましょう。

年齢は関係ない

モーセが本格的にヤハウェに用いられるのは、80歳を迎え、十分年をとってからです。一方、ダビデが巨人ゴリヤテを倒してイスラエルを救ったのは、まだ彼が少年の頃です。神さまに用いられ、栄光を現すのに、年齢は関係ありません。

大切なのは、私たちが何歳でも、イエスさまを知っており、イエスさまを愛し、交わり、仕えているということです。

モーセが赤ちゃんの頃入れられた「かご」という言葉は、ヘブル語で「テーバー」といいますが、実は大洪水の時にノアが造った「箱船」と同じ言葉です。創世記も出エジプト記もモーセが書いたとされていますが、きっとモーセは、自分をパロによる迫害の嵐から救ってくれたかごと、ノアたち8人を大洪水から救ってくれた箱船とを重ね合わせ、感慨にふけったことでしょう。

その感動、感謝は、彼がイスラエル人の家にいるときだけでなく、王宮でも、そしてミデヤンの野でも決して失われることがありませんでした。

テーバーはノアたち8人を大洪水から救い、モーセをパロによる迫害の嵐から救いましたが、私たちをも救います。私たちに与えられているテーバーは、イエス・キリストです。

私たちもまた、イエスさまへの感動、感謝を忘れないでいましょう。それがイエスさまへの愛を生み、イエスさまとの深い交わりを求める心を生み、年齢に関わりなくイエスさまに仕えたいという情熱を生み出します。

まとめ

イエスさまによって救われたあなたは、どんな経験も意味あるものに変えていただけます。

あなた自身への適用のためのディスカッションガイド


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