重荷を分け合おう

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出エジプト記18章13節〜27節

(2016.10.9)

参考資料

前回の続きである17:8-16は、すでに解説してありますのでスキップします。

13節に「翌日」とありますが、前の日に妻のチッポラと二人の息子(ゲルショムとエリエゼル)、そしてチッポラの父イテロ(別名レウエル)がやってきました。イテロはミデヤン人ですが、イスラエルが信じる創造主ヤハウェが、大いなる奇跡を行なってイスラエルをエジプトから救い出されたことを知り、モーセやアロンら主立った人たちと共に礼拝しました。

聖書からのメッセージ

イントロ

義父であるイテロは、多くの仕事を抱えていたモーセに大切なアドバイスをしました。これは、様々な重荷を抱えている私たちへのアドバイスでもあります。

1.イテロのアドバイス

現状

モーセが率いているイスラエルの民は、200万〜300万人ほどだったと言われています(民数記1:46によれば、戦闘員たり得る成人男子だけで60万人。この数には女性や子ども、老人、レビ族の人々は含まれません)。当然、あちこちで様々なもめ事や事件が起こります。それを、モーセは一人で裁いていました。

イテロはそれを見て、馬鹿なことをするなと戒めました。そんなことを続けていたら、モーセは疲れ果ててしまいますし、待たされる民も、なかなか紛争が解決しないため困ってしまいます。そこでイテロは、3つのアドバイスをしました。

3つのアドバイス

1つ目は、「あなたは民に代わって神の前にいて、事件を神のところに持って行きなさい」というアドバイスです(19節)。モーセの仕事の第一は、直接紛争解決のための相談に乗ることではなく、神さまがイスラエルの民の間にある様々な問題を解決に導いてくださるよう、そもそも問題が起こるのを防いでくださるよう、とりなしの祈りをすることだと、イテロは指摘しているのです。

2つ目は、「あなたは彼らにおきてとおしえとを与えて、彼らの歩むべき道と、なすべきわざを彼らに知らせなさい」というアドバイスです(20節)。これまでモーセは、民の訴えを聞き、それに対して個々に神さまの教えを伝えていました。そうではなく、全体に対してそれをしなさいと、イテロは語っているのです。そうすれば、個々人が考えて行動するようになり、問題が起こるのを予防することができます。

それでも問題が起こるのは避けられません。そこで3つ目は、「全体の中から、神を恐れる、力のある人々、不正の利を憎む誠実な人々を見つけ出し、千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長として、民の上に立て」るというアドバイスです(21節)。

簡単なもめ事は十人の長がさばき、ちょっと難しいのは五十人の長がさばき、さらに難しい事件は百人の長、もっと難しくなれば千人の長がさばきます。そして、非常に重要な問題だけ、モーセが直接さばくのです。ピラミッド型の統治機構を作ったということですね。

従った結果

さすがはイテロ、年の功ですね。モーセは素直にこれらのアドバイスを受け入れました。こうして、モーセも、イスラエルの民も非常に助かりました。

では、ここから私たちは何を学ぶことができるでしょうか。3つのことを申し上げます。

2.私たちへのアドバイス

重荷を一人で抱え込むのはやめよう

モーセは大変な信仰者です。しかも、エジプトの王族としてリーダー教育を受けたエリートです。それでも、一人で抱え込むには、イスラエルの民を導くという仕事は大きすぎました。ですから、イテロは、責任を他の人に分担してもらい、モーセは彼にしかできないことをやれとアドバイスしました。

私たちも、いろいろな問題にぶつかって重荷を背負うことがありますが、それを一人で背負い込む必要はありませんし、そんなことをしてはいけません。この話をお読みください

他の人に、現状や気持ちを聞いてもらいましょう。場合によっては、解決に向けて何かを手伝ってくれるようお願いしてみましょう。強がりを捨てて、「弱さの情報公開」をしてみましょう。

他の人の重荷を担おう

同時に、私たちは他の人の重荷を少しだけ負ってあげられる人でありたいと思います。全部負う必要はありませんし、そんなことをしてはなりません。が、クリスチャンは、他の人の重荷の一部を負うことが期待されています。聖書は、私たちクリスチャンは、牧師や宣教師だけでなく、みんな祭司であると教えています(万人祭司。黙示録5:9-10)。

他の人の重荷の一部を負う人になるために必要な条件は、モーセの重荷を担ったリーダーたちの性質と同じです。

第一に神さまを恐れる人であること。すなわち、すなわち神さまに忠実に従うことを何より優先したいという思いに満ちた人であること。

第二に力がある人であること。力とは、能力のことです。モーセを助けた人たちにとっては、裁判をする能力、上手に紛争を解決できる能力のことです。では、あなたの場合は?

私たちは、あれもこれもオールマイティに行なうことはできません。しかし、何かしら能力が与えられています。手が動く、歩くことができる、見ることができる、話を聞くことができる……ほら、あなたにも能力が与えられていますね? 特にクリスチャンの場合、聖霊なる神さまが一人一人にたまもの、すなわち奉仕のための能力を与えてくださっています。

ですから、自分なんか何の能力も与えられてないなどと言わないで、与えられている能力に目をとめて、それらを使って何ができるか考えましょう。

そして第三に、誠実な人であることです。モーセを助けた人たちは裁判官ですから、賄賂を取って一方に有利な判決を下すような真似は厳禁です。私たちも、自分の評判を上げるためにではなく、純粋に相手の幸せのために助けの手をさしのべることができるよう、日々祈っていきましょう。

柔軟さを失わないようにしよう

モーセは、イテロのアドバイスを素直に聞き入れました。もちろん、他人のアドバイスがすべて正しいとは限りません。モーセがイテロのアドバイスを受け入れたのは、それが神さまのみこころにかなっていると判断できたからです。

しかし、イテロは妻の父親であるとはいえ、つい前の日に天地の造り主であるヤハウェを信じたばかりです。「今こそ私は【主】があらゆる神々にまさって偉大であることを知りました」(11節)。80年も信者をやっているモーセとは年期が違います。

もしもモーセが「俺は神に選ばれたトップリーダーだ。自分の判断は常に正しい。信者になりたての人間が何を言うのか」と思い上がっていたなら、最初からイテロのアドバイスを聞こうとはしなかったでしょうし、神さまのみこころに照らしてどうなんだろうかと考えることもしなかったでしょう。

年齢を重ねたり、経験値が上がったり、能力が非常にあったりすると、なかなか人の話に耳を傾けられませんが、聖書が教えている成功の秘訣の一つは、謙遜であることです。民数記12:3にはこう書かれています。「さて、モーセという人は、地上のだれにもまさって非常に謙遜であった」

私たちも、常に自分の考えや感じ方、判断が正しいと思い込まずに、いつでもより正しい道が示されたら方向転換しようという、柔軟な考え方を持っていましょう。

まとめ

私たちは一人ではありません。あなたは教会の一員であり、神の家族の一員です。それを忘れないようにしましょう。

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