見ゆるところによらずして

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(2006.7.23)

「息子が警察に捕まってしまいました」。そのお母さんは、そうおっしゃいました。息子さんは18才。友だちと一緒に悪いことをし、逮捕されたのです。

昔は教会学校にも通い、「将来は牧師になる」と言っていたのに、だんだんと荒れ始め、高校も中退し、しばらく前にも警察のご厄介になったばかりでした。

一緒に捕まった友だちのお母さんは、「またこんな悪いことをして、もう許せません。うちの子は勘当です!」と、憤慨していたそうです。

しかし、私に話をしてくださったこのお母さんは、こんなふうにおっしゃいました。「息子が荒れているのを見ると、以前はどうしてだろう、なぜこんなひどいことをするのだろうと、悲しくなったり腹立たしくなったりしました。しかし、今は息子の心の傷がうずいて叫んでいるのだということが分かります。私たち親が、彼の心を痛めつけていたのですね。だから、怒りどころか、申し訳ないという思いでいっぱいです」。

そして、さらに続けておっしゃった言葉に、私はとても感動を覚えました。「目に見える世界では、息子は犯罪者です。でも、霊の目で見るならば、息子は牧師としてすでに一人神さまの元に導きました。それは私です。息子が荒れてくれなかったら、私は自分たちのやっていることが絶対に正しいと思い上がり、イエスさまの存在を受け入れようとしなかったと思います。息子は、私にとって、かけがえのない存在です」。

見えない世界を見る。それを信仰と言います。そして、イエスさまは約束なさいました。「あなたの信じたとおりになるように」。

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