真剣な聴衆

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(2006.8.27)

先日、山形県の民生児童委員の方々の研修会に、講師として呼んでいただきました。これらの方々は、定年退職後の方々が多く、人生経験も豊富です。ですから、「あんな若造の話なんて、まじめに聞けるか」なんて態度だったらどうしようと、実は半分ヒヤヒヤしながら会場に向かいました。

しかし、そんな不安は、会場に入ったとたん一蹴されました。皆さん非常に期待をこめた眼差しで私を迎えてくださったのです。そして、午前・午後4時間の長丁場を、とても熱心に学んでくださいました。今回の講演は、相談技法についての話だったので、座学だけでなく、いろいろなワークを交えたのですが、皆さんこれも積極的に参加してくださいました。私も、その熱心さに、用意した以上の内容を引き出していただきました。

以前、ある援助職を目指している学生たちの集まりで、同じような研修をさせていただいたことがあるのですが、その時は、皆さんが前向きにワークに参加してくださるまでに、相当苦労させられました。

どこが違うんだろうと、帰りの車の中で考えていましたが、今回の参加者は、民生児童委員としてすでに何期か経験を積まれた方々で、人の相談に乗ることの難しさとやり甲斐を、日々味わっておられる方々です。それだけに、「どんな些細な情報でもいい、相談技法の向上に役立つ話は聞きたい」と、心から願っておられたのでしょう。ですから、あんなに真剣に学んでくださったのではないでしょうか。

イエスさまは「心の貧しい人は幸いである。天国は、その人のものだから」とおっしゃいました。自分には欠けがあると自覚し、熱心にその欠けを埋めたいと願っている人は、それだけ真剣に求めます。だから、必ず満たされるのです。真剣に願うから、天国でさえもその人のものになります。

あなたはイエスさまに救われたいですか? 神さましか与えられない祝福に満たされたいですか? 聖霊さまによって人生を根本から造り変えられたいですか? もし本当にそれを願っておられるなら、必ずあなたのものになります。

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