神と富とにかね仕えず

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(2006.9.17)

インドに遣わされていた宣教師が、宣教報告のためにアメリカに帰国してきました。宣教師は、木彫りの像を高々と掲げて言いました。「皆さん、これがインド人の礼拝する偶像です!」 聴衆はどっと笑い始めました。こんな木っ端に過ぎないものを神として拝むなんて、ばかばかしく思えたからでしょう。

続いて宣教師は、100ドル紙幣を高々と掲げて言いました。「皆さん、これがアメリカ人の礼拝する偶像です!」 会場は、水を打ったように静かになってしまいました。

イエスさまは、「だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません」(マタイ6:24)とおっしゃいました。

四つの土地のたとえでは「いばらの中に蒔かれるとは、みことばを聞くが、この世の心づかいと富の惑わしとがみことばをふさぐため、実を結ばない人のことです」(マタイ13:22)と警告されています。

たとえ「商売繁盛の神」や「宝くじの神」の像を造って拝まなくても、富にとらわれることによって聖書の神さまのみことばを否定したり値引きしたりするなら、それは偶像礼拝です。みことばにしっかり立ち、富への間違った執着によって神さまからの祝福を奪われないようにしたいものです。

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