パチンコ依存症からの解放

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(2006.10.1)

尊敬するK牧師は、非常に頭の良い方です。高校時代によく勉強し、大学は東京大学の哲学科に入学なさいました。しかも、奨学金をもらえるほど、優秀な成績で。しかし、やがてこんなことを考えるようになりました。

「人はやがて死ぬ。立派な生き方をしても、犯罪者として生きても、結局は死ぬ。だったら、何のために人は生きるのか。人生なんて意味がない。結局のところ、人は生まれてから死ぬまでの間、暇つぶしをしているに過ぎない。これが生きるということなんだ」。

そして、その通り、毎日暇つぶしをするようになりました。すなわち、パチンコ屋に入り浸り、上がっては落ち、上がっては落ちする金属の玉を、日がな一日眺めて過ごしたのです。奨学金も、ほとんどパチンコ代に消えていきました。

しかし、やがてK先生は、キリストと出会います。そして、人は死ぬけれど、死が人生の終わりではないということを知ります。私たちには永遠のいのちが与えられていて、生前行なったことはすべて報われるのだということを知ります。神さまによって愛されている私たちの人生に、無駄なこと、無意味なことなど何もないということを知ります。

こうして、K先生は、クリスチャンとなり、牧師となられました。あの、パチンコにはまっていた虚無的な表情はどこへやら、柔和で生き生きとした顔で、人々に人生の喜びを伝えておられます。

イエスさまを信じる者にとって、死は終わりではありません。

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