真理ちゃんのです

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(2006.12.3)

ある夫婦がいました。二人は、かつては熱心に教会に通い、教会学校の先生まで務めました。しかし、結婚し、子どもが生まれると(名前を真理ちゃんといいます)、忙しさを理由にだんだんと礼拝を休みがちになり、やがてぱったりと来なくなってしまいました。それでも、真理ちゃんだけは、教会学校に送っていました。

真理ちゃんが4歳になった頃、お母さんは肺を患い、自宅療養を余儀なくされました。お父さんは昼間は懸命に働き、夜はお母さんの代わりに掃除、洗濯です。そんなある晩、お父さんが帰宅すると、なんとお母さんが台所でじゃぶじゃぶ洗濯をしています。まだそれほど洗濯機が各家庭に普及していない時代のことですから、洗濯板による手洗いです。

「ばかっ、何をしてるんだ!」「洗濯くらいしなければ悪いわ。あなただって疲れてるのに」「なぜ僕がこんなに苦労してると思ってるんだ。早く部屋に戻りなさい!」 二人は、愛し合うが故に、洗濯物の取り合いを始めました。ついにお母さんは切なくなって、よよと泣き崩れました。「ああ、洗濯機さえあったら、私でも洗濯ができるのに……」。その声を、真理ちゃんは物陰でじっと聞いていました。

次の日曜日、教会学校の先生が言いました。「神さまは、私たちのお祈りを聞いてくださるのよ」。真理ちゃんは先生に尋ねました。「先生、本当に神さまは聞いてくれるの?」 先生は一瞬どきっとしましたが、しかしはっきりと答えました。「そうよ」。

その週の土曜日、真理ちゃんは縁側でままごと遊びをしていました。お母さんが部屋の中から見ていると、真理ちゃんはちゃぶ台代わりのミカン箱を前にして、お祈りをしています。食前の祈りにしてはやけに長いので、そうっと近づいてみると、箱の上に電器屋さんのチラシが置いてあります。そして、「神さま、せんたっきをください」と祈る声。娘の信仰に教えられ、何だか自分が恥ずかしくなったお母さんは、次の日の礼拝に、久しぶりに出席することにしました。

礼拝後、教会の役員さんが立ち上がり、こう言いました。「皆さんの尊い献金により、牧師館に新しい洗濯機を置くことができました。しかし、古いものもまだまだ使えます。どなたか必要な方がいらっしゃったら差し上げます」。しかし、みんな奥ゆかしいのか、誰も手を挙げません。もちろん、真理ちゃんのお母さんは、のどから手がでるほど欲しかったのですが、まさかずっとお休みしていた自分が手を挙げるわけにはいかないと思っていました。

すると、真理ちゃんがパッと手を挙げ、「はーい、そのせんたっきは真理ちゃんのでーす」と言いました。「どうして?」 思わず役員さんがそう尋ねると、「だって、きのうせんたっきをくださいって神さまにおいのりしたんだもん。だから、それ、真理ちゃんのでーす」。

その日、リヤカーに乗って、洗濯機が真理ちゃんの家にやってきました。

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