試練の効用

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(2006.12.17)

天国に、牧師とタクシーの運転手が同時に到着しました。天国の門の所には、門の鍵を持った使徒ペテロがいて、天国に入ろうとする人を交通整理していました。

牧師は、自分が先に天国に入れると思っていましたが、ペテロは、彼を後回しにして、運転手を先に通そうとしました。牧師はペテロに抗議しました。「私は、長年にわたって教会で奉仕をしてきました。しかし、この男は、何度も事故を起こした不良ドライバーです。そんな男の方が、私よりも先に天国に入れるというのですか?」

すると、ペテロは言いました。

「兄弟よ。この運転手は、あなたよりもたくさんの人を神さまの元に導いたのだ。この人のタクシーに乗った人は、どんな無神論者であろうとも、必ず『神さま、助けてください!』と、我らの主に祈りをささげた。それに対して、あなたの説教を聞いた人はどうだ。お祈りどころか、みんな『おい寝り』してしまったではないか」。

不思議なもので、自分の限界を超えた事態に陥るとき、私たちは超越者である「神」を求めます。聖書の神さまは、様々な試練が私たちの身に起こることを許されますが、その理由の一つは、私たちと神さまとの関係を、今よりももっと深めたいためなのかもしれません。

あなたは、試練の中で、以前よりももっと神さまに祈るようになったり、神さまのことを意識するようになったりした経験がありませんか?

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