弱さの情報公開

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(2007.3.25)

先日、別の教会におじゃましたとき、こんな話を聞きました。

その教会には寮があり、教会で働くスタッフが共同生活をしています。スタッフといっても様々で、伝道師もいれば、心痛んでいる人もいらっしゃいます。

その朝、大きな集会に出かけるため、スタッフたちは忙しくしていました。寮で生活しているA君は、ちょっと鬱傾向がありますが、先輩のスタッフに「今日は起きられません」と言いました。先輩たちは「そうか。じゃあ、ゆっくり寝てるといいよ」と、彼を置いて寮を出て行きました。

昼頃起きてきたA君は、教会で留守番をしていた伝道師の先生にこう言いました。「実は、あの時、先輩にもう一押ししてもらいたかったのです。そうしたら、起きられたような気がします」。先生は、「そうかぁ。A君は、弱音を吐いたときに、そこでもう一押ししてもらって、引き上げて欲しいんだね。A君、そのことを仲間たちに話してみないか?」

A君は、一緒の部署で働いている仲間たちに、自分の弱さの情報公開をしました。仲間たちは「それは知らなかったよ。A君が具合が悪そうだと、ついついそっとしておこうとしてたけど、今度からは『ぜひ、これをやって欲しい』って、もう一押しお願いすることにするね」と言ってくれました。

仲間の一人が言いました。「でも、本当に具合が悪いときはどうするの?」 するとA君、「いや、そういうときはほとんど無いから大丈夫。安心してもう一押ししてください」。

イエスさまは、「二人、三人、わたしの名によって集まるところに、わたしもいる」とおっしゃいました。交わりの中にこそ、イエスさまの働きが顕著に現れます。「場」によるいやし。私が、中通りコミュニティ・チャーチに求めているのは、そのようないやしです。「センセイ」である私がいやすのではなく、教会の交わりの中でいやされ、成長していくのです。

そのような「場」はどのようにしたらできていくのでしょうか。それは、A君がしたように、仲間たちに自分の弱さの情報公開をしていくことです。そして、どう助けて欲しいのかを伝えて、助けをお願いすることです。

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